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総合的学習の時間

杉並区立和田中学は有名です。
リクルート出身の藤原和博さんが校長だからです。
いわゆる、民間出身校長というやつですね。
マスコミでもしばしば取り上げられる学校です。

先日、中山文部科学大臣がその和田中学に行きました。
総合的学習の時間や学校五日制について、生徒や親の意見を聞くためです。
ちなみに中山文科大臣て、新聞記者に「詰め込み教育賛成ですか?」と聞かれ、
「詰め込みではなく、たたき込みが必要だ」と言い放ったスゴイ人です。

で、総合的学習の時間について、生徒は様々な意見を言っていました。
NHKが中学生を対象に行なったアンケートによると、
中学生の6割近くが「将来何の役に立つかわからない」と答え、
親も教師もやはり6割近くが反対なんだそうです。
教師の場合は、「準備が大変」
「何をしたらいいのかわからない」というのが主な理由。
親は学力低下に不安を抱いているわけです。。

和田中でも、母親の一人が、
「優秀な教師ばかりではないのだから、学校間格差がつくのではないか。
もっとちゃんとしてほしい」と言っていました。
うーむ・・・「もっとちゃんと」ねぇ・・・。

思うに、もともと勉強って全て総合的学習だったのではないでしょうか。
少なくとも、学校ができる前は。
それが学校システムの発達と共に整備されて、
今のように細分化専門化されてきましたわけですよね。
その結果、生活とのキャップがどんどん大きくなったのでしょう。
だから、分断されてしまった生活と勉強とをつなぐのに、
何でもできる総合的学習は、なかなかいい発想だったと思うのです。

実際、総合的学習が充実している学校は、学力も高いのだそうです。
(新聞に載っていた、ある校長先生の話です)
しかし、文部科学省が改めて「総合的学習」という言葉を使うと、
とたんに大勢の人が不安に陥ってしまうわけですね。
いかにも「授業時間を減らすぞ〜」と宣言されたようで(笑)

実は、いい授業には総合的学習の要素が含まれています。
計算だけ教えても、いい数学の授業とは言えません。
計算を通じて数学的美学が身についてこそ、勉強する意味があります。
不安になるのもわかりますが、勉強することの意味について、
もう少し幅広い議論ができるといいのになぁ・・と私は思うのです。
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by MYP2004 | 2005-06-28 22:10 | リビングから見た社会

うち捨てられた論文・・鉄道事故裏話

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筆者注:
少し専門的な話ですが、なるべく言葉を平易にして問題の本質を見ていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

尼崎での電車脱線事故について、これまでの報道から見えてこない部分・・
例えば、クルマの事故が起きたなら、クルマがなぜ、そう言う動きをするか・・そう言うことを解明し、それがクルマの製造、設計技術にフィードバックされ、ブレーキや駆動方法、サスペンションやシャーシ、全体のバランス、といった部分に改善がなされているものです。
ところが、鉄道という大量の人命をあずかる乗り物において、非常に優れた論文が発表され、その論文の優秀性は認められても、不思議なことにそれがフィードバックされない現象も起きています。
今回、尼崎脱線事故でも、立証されてしまった、ある論文を考えてみたいと思うのです。

1998年、7月・・鉄道業界専門誌、鉄道ピクトリアルの増刊号で、京浜急行電鉄顧問の丸山氏が寄せた論文・・「京浜急行の先頭電動車編成について」によると以下の記述があります。
(1) 狭軌で先頭Tc車の場合は障害物と衝突すると例外なく複数の車両が脱線転覆する.先頭車は進行方向と直角に向きが変わる.乗客に死傷者のでる場合が多い.
(2) 狭軌で先頭Mc車の場合は,先頭車と2両目は脱線するが転覆しない場合もある.先頭車は進行方向と直角に向きを変える場合が多い.
(3) 標準軌間で先頭Tc車の場合は,先頭Tc車は脱線して進行方向と直角に向きを変える.転覆する場合としない場合がある.2両目は先頭車が支障物となって,脱線転覆する場合が多い.
(4) 標準軌間で先頭Mc車の場合は,支障物と衝突して先頭車は脱線しても,進行方向からほとんど向きを変えない.
(Mc・・制御電動車・・モーターと運転台のある車両  Tc・・制御付随車・・モーターはなく、運転台だけがある車両、狭軌・・線路の幅[軌間]が1067ミリでJRや東武、東急、名鉄、南海など 標準軌・・線路の幅が1435ミリで京急、京成、阪急、阪神、西鉄など新幹線もこれに相当する)
この論文は非常に重要な問題点を含んでいます。
JRの場合、先頭車両がTc・・つまりモーターを持たない車両であることが多いのです。
先日の尼崎事故で脱線大破した車両もクハ207というモーターのない車両でした。
JRの場合、国鉄時代から先頭車両はモーターを積まないことが多く、これは検査の際の簡便さや、設計の簡易さから採用されている方式です。
昭和38年11月9日、京浜急行生麦駅の近くで国鉄の鶴見事故が発生しました。
この事故は、当時、東海道線と同じ線路を走っていた上り横須賀線電車が、横を走る貨物列車の脱線に巻き込まれ、先頭車両が脱線、大きく方向を変えて、ちょうど反対から走ってきた下り横須賀線電車の4両目付近に激突、この前後の車両を中心に160人の死者を出した大惨事でした。
京浜急行としてはそれ以後、研究の成果から、先頭車両をモーターつきにすることを同社の規則として定め、万が一の事故の際にも、関連する二重事故を引き起こすことのない結果を出しています。
この丸山氏の論文は、ある面で非常に大切なもので、世界中の列車事故を調べ、さらに同社の豊富な経験から引き出したものです。
もしも・・尼崎脱線事故の車両が先頭電動車であったなら、高速でカーブに入っても車体は浮かず、方向は力のかかっている方向に向かい、脱線したとしても、マンションに突っ込むことはなかったかもしれません。
そうでなくても、限界時には不安定な狭軌であったわけです。
脱線しないことが確かに何より大切な安全政策なのかもしれません。
しかし、万が一、脱線という事態・・今回のような速度オーバーでなくても、例えば、踏み切りへの違法侵入、あるいは線路への妨害工作ということも考えられます・・その事態に至ったときに、少なくとも二重事故を防止することで被害の拡大は免れるわけです。
ちなみに、先頭電動車方式にすることによるコストアップはほとんどないそうです。
だのに、何故、優れた安定性を確保できる方式を各鉄道会社は採用できないのか・・

JRを始め、狭軌の鉄道の方が車両のサイズが大きいという日本独特の不思議なアンバランスもあります。
JRなどの車両の幅は2950ミリに達していますが、標準軌の鉄道で最大の車体幅を採用しているのが、京浜急行の2830ミリであるという現実・・(京王線は1372ミリという特殊なサイズの軌間を採用していますが、車体幅は2845ミリで狭軌以外ではこの会社が最も幅広の車体を採用しています)
安定性については、当然、線路の幅が狭く、車体が大きい方が不利になります。
不利な狭軌を採用している鉄道各社こそ、本当はもっと不測の事態に備え、最善の方策をつくすべきなのではないのでしょうか?

優れた論文ながらも、それも安全に直結することを真摯に研究したものであっても、結局は自社の風土やこれまでの慣例からそれを見つめることもない・・
これでは、今後も万が一の時にはどうなるのかとの不安を抱かざるを得ないのですが、それは僕だけでしょうか?
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by MYP2004 | 2005-06-28 18:37 | 神戸舞子から世間を見ると

サラリーマン、大増税時代

サラリーマンに大増税時代がやってきそうです。
年収500万円の世帯で、年間最大50万円の増税だとか。
「取りやすいところから取る」とんでもない話だと、
テレビでエコノミストが言っていました。
自営業の人からは、また違う意見が出るでしょうが。

今の社会で正社員になるということは、個人の自由をある程度犠牲にするということ。
それを承知で正社員になったのは、安定という見返りがあったからでしょう。
しかし状況は変わり、正社員も必ずしも安泰とは言えなくなりました。
その上に、この大増税。
一部の自信満々の「勝ち組」は別として、
大勢はやりきれない心境になるのではないでしょうか。

政治家の中には、こういうサラリーマンのストレスを、
偏狭なナショナリズムに利用しようとする人もいます。
他国を悪役にして溜飲を下げたり(わかりやすい!)。
しかし、それではしょせんガス抜きをさせられるだけですよね。
何とかしてくれる強い誰かに期待するのも幻想でしょう。

厳しい状況になりそうですが、
「サラリーマンが変わらなければ日本は変わらない」と私は思っています。
サラリーマンは今まで、我慢と引き換えに組織に守られてきました。
しかしこれからは、組織を超えた社会に対して参加意識を持たないと、
自分達の生活も危うくなってくるのではないでしょうか。

正規雇用者と非正規雇用者が、組織の壁で分断されている状況は危険です。
いつ断崖に落ちるかわからない絶壁を歩いているようなもの。
非正規雇用者も含めた働く人全ての生活を考えていくことが、
結局は組織で働く人間の立場を守ることにつながるのではないでしょうか。

サラリーマンへの大増税は、組織との関係を考え直すチャンスかもしれません。
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by MYP2004 | 2005-06-27 19:06 | リビングから見た社会

萩国際大学、経営破綻

萩国際大学が経営破綻、民事再生法の適用を申請しました。
7年前に開校した時から「大丈夫かなぁ」と思っていたのですが、
やはり最初から定員割れだったんですね。
見通しの甘さは驚くばかりですが、文科省も自治体も銀行もいい加減だ。

大学生の娘たちは、このニュースを痛ましそうに見ていました。
自分の通っている大学が経営破綻したら、どういう気持ちになるのか。
そういう視点から見ていたようです。
というのは、二人が通っている大学も生き残りをかけて、
色々と模索を繰り返しているんですよ。

長女の大学は今年、学部を新設しました。
それがパッとしない学部で、経営の下手さ加減に学生も落胆しているのです。
早稲田なんか上手ですよね・・・。
我が家では「上手過ぎて感じが悪い」と悪評ですが(笑)

次女の方は、昨年卒業した高校が定員割れしてしまい、
口では「ふんっ!」と強がっていますが、ショックを受けているはず。
親の私もショックを受けていますから。

子どものためにと選んだ学校で楽しい6年間を過ごしたのに、定員割れなんて。
大正時代に開校して、偏差値体制の中でもユニークな校風で生き抜いてきたのに、
ゆとり教育をめぐる大混乱の中で、一気に定員割れしてしまいました。
とにかく経営が下手なのです。

最上の経営は、生徒の身になっていい教育をすることだと思いますが、
それだけでは生き残っていけない時代。
全く難しいです。

大学は今、就職にものすごく力を入れています。
どうしてそこまで・・・と思うぐらいに。
子どもの将来を気にしているサラリーマンが読みそうな雑誌が、
年中「就職に強い大学」のランキングを載せていますからね。
数字を発表されると、大学も気にするわけですよ。

それで、授業に就職ガイダンスを組み込んだりして、もう大変。
でも、これって情報産業に振り回されているとは思いませんか?
業者は企業と学生との間に立って、双方に情報を流しつつ、
両者から利益を得ているわけですから。

今や大学生活の後半は就職活動が中心。
大学も学生も就職を気にして、企業のニーズに応えようとする。
つまり、経済的利益を優先する発想に早くからなじもうとします。
一番自由にものを考えられる時期なのに、台なしです。

私はこの状況を、社会的損失だと考えています。
少子化に向かっている無資源社会日本は、人間の創造性を大切にしなければ。
近代日本の正統思想である功利主義を、
私たちは今こそ考え直す時に来ているはずです。
それなのに、誰が大学と大学生を迷走させているのか。
考えてみませんか。
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by MYP2004 | 2005-06-23 23:34 | リビングから見た社会

日本、Wカップ出場決定

2005年6月9日(木)

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日本、Wカップ出場決定!

Wカップ出場が決まって、列島大興奮です。
おしゃれな若い女性も新橋のサラリーマンも、高校生も巣鴨のおじいさんも、
みんな大喜びです。
それぞれ表現の仕方が違うのが面白い。

「やったーっ、て感じ」と若い女性が言えば、
「体力の限界に挑戦して汗びっしょりになって頑張っている姿が
大変に素晴らしく、感動した」という、年齢の重みを感じさせるコメントも。
テレビは繰り返し喜びの瞬間を流し、
地域も世代も超えて喜ぶ日本人の様子を映し出しました。

一番乗りということも、大いに受けたようです。
久し振りに聞いたじゃないですか、世界一という言葉を。
高度成長期には、けっこうよく聞く言葉でしたが。
世界一大きなタンカー進水、自動車の輸出台数世界一・・・。
一番になったことに意味がある時代でした。

最近の閉塞感の中で、久し振りに聞いた一番という言葉は、
日本人に大いにアピールしたようです。
「日本は素晴らしい」「日本、最高」という言葉が飛び交いました。
ある種の爽快感があるのだろうと推察されます。

要は仲間意識なのでしょうが、恐いぐらいの疑似一体感ですね。
まぁサッカーの応援ぐらいならいいですけど、
偏狭なナショナリズムに利用されないことを祈ります。

北朝鮮は結局、一勝もできませんでした。
心理的に追い詰められて、ロスタイムのああいう暴力行為につながったのでしょうか。
退場するキム・ヨンスをなだめるJリーガー、リ・ハンジェの姿が印象的でした。
アン・ヨンハも、イランとの試合で興奮した仲間たちをなだめていましたね。

二人とも、いつも冷静で本当にいい選手。
「北朝鮮の人々も私たちと同じ人間である」という、
見えにくくなっている当たり前の事実を、さらりと見せてくれています。
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by MYP2004 | 2005-06-23 15:05 | リビングから見た社会

銃を撃つ女はカッコいいか?!

2005年5月27日(金)

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銃を撃つ女はカッコいいか?!

最近、二時間ドラマの視聴率がいいいそうです。
というより、一時間もののドラマの視聴率が良くないらしいのですが。

まぁ、関東でたった600世帯というサンプルで計られる視聴率なんて、
あてになりませんが。
でも確かに、キムタクなどが主演する普通のドラマはあまり面白くなさそう。
旬のタレントを中心に据えてドラマづくりを考える・・・
そういう手法が時代に合わなくなっているのでしょう。

というわけで、私もよく二時間ドラマを観ます(暇人!)。
若くはないけれど、結構いい俳優が出ていたりします。

ニ時間ドラマの草分けは、テレビ朝日の土曜ワイド劇場。
最近は次々と新しいシリーズが始まっています。
私がこの前観たのは「キソウの女」。
キソウとは機動捜査班のことで、初期捜査を担当する部署(らしい)。

高島礼子主演で、秋吉久美子共演。
熟女二人の女っぷりが楽しめます。
大人のアナタ、いかがですか(笑)

で、驚いたのは二人がバンバン銃を撃つこと。
今までも女性が主演する警察ものはありましたが、
こんなに「女と銃」がクローズアップされたことはなかったように思います。

御存知のように、今や女のキーワードは「カッコかわいい」。
かわいいだけじゃダメ。
カッコ良くなくてはいけません。
そのカッコ良さをどぅ出していくかなのですが・・・
女性も普通に軍隊に行く時代、銃を撃つのもカッコ良さの一つとか?

いえ、私はそうは思いません。
男性が銃を撃つのもカッコいいとは思いませんから。
対話をしてください、対話を!
対話こそ知性と力の証明です。
ドンパチやっても問題は解決しませんからね。

最近は特殊部隊とか不審船を追う海上保安庁とか、
力で決着を付けるものが人々を惹きつけていて、とても危ないと思います。
対話の持つ真の強さを信じたいものです。
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by MYP2004 | 2005-06-23 15:03 | リビングから見た社会

ニコンに見る漸進主義という考え方

2005年5月11日(水)

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ニコンに見る漸進主義という考え方

世の中は全て使い捨て、効率至上主義・・昨日の新製品は明日にはもう時代遅れ、昨日までの考え方は明日にはもう使えない、というのが現代日本の姿だろう。
日本の企業にも同じようなクセというものがあるようにも思う。
けれども、一部の企業では常に過去と向き合い、過去をたたき台として、顧客とともに次に進む方針を取っているところもある。

ニコンは良く知られたカメラメーカーだ。
ギネスブックにも載り、世界最高峰のカメラシステムを有する会社の一つとしての地位を確固としたものにしている。
この会社は元々は光学製品、特に軍需用の良質な光学製品を国産で供給するために1917年、三菱グループの一つとして設立された過去を持つ。元の社名は日本光学だ。
戦後、軍事産業が解体される中、民生用の小型カメラなどに活力を求めて、カメラを作ってきた。
カメラメーカーとしては後発の部類に属するかもしれない。戦前には日本光学のレンズはあってもカメラはなく、ライバルキャノンが産声を上げた時に、この会社のレンズを使ったのは有名な話だ。
1948年からカメラを発売、当時、朝鮮戦争の取材でニコンのカメラはアメリカのカメラマンからその耐久性、レンズの優秀さなどで高い評価を得、世界的な製品へと飛躍する。
このニコン製品には大きな特徴がある。それは必ずといってよいほど、新製品とその前の製品にはレンズやアクセサリーなど、互換性があるということだ。
そしてそれは1959年のニコンFから現代のデジタルカメラD2Xにまで連綿とつながっている。(最もさすがに最新型では過去のレンズにも制限が出てきてはいるけれど・・)
設計側としては過去を考えない製品のほうが出しやすいだろう・・けれどもあえてこの会社は過去のユーザーをなるべく裏切らない形で製品の供給を続けてきた。
いわば、岩登りのようなものだろうか・・身体の3点は動かさず、残りの1点で前に向かう。順に一つずつ動かす点を変えることで全体として上に上っていくというやり方である。
これで新製品で一気に置き換える他社と肩を並べ、その上を行くのだから、しんどい道ではある。
よく考えると、一気に革新というのは理想だけれども、やはり人間に過去のしがらみは捨てられない。
一つずつ・・過去を意識しながら進む・・案外、こう言う方法が良い意味での人生を象徴し、私達の運動の進め方にも共通するようにも思う。
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by MYP2004 | 2005-06-23 15:00 | 神戸舞子から世間を見ると

安全と言うこと、人に優しいということ

2005年4月26日(火)

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安全ということ、人に優しいということ

JR福知山線の事故は、かつて国鉄マンだった僕には辛く、哀しい事件です。
何より亡くなった方、ご遺族に謹んで哀悼の意を表し、けがをされた方にお見舞い申しあげます。
僕には今のJRにも西日本に限らずかつての同僚がいて、彼らの想いはいかばかりか・・事故復旧現場にも彼らの姿がある可能性が強く、やりきれない思いです。
事故の要因などはここでは触れませんが、本当に安全で人に優しい乗り物ということについて考えてみます。

最近の乗り物のカタログには必ずといってよいほど「人に優しい」という言葉が刷り込んであります。
実はこのたびの事故車両である207系電車についてもそのことが大きく宣伝されていました。
大きな窓、ゆったりとした室内、深い座席、シンプルで落ち着いたインテリア、関西のほかの私鉄に負けない上質の室内空間を実現しています。
ところが、車体の強度と言う基本的なことでは、このたびの事故で馬脚を現してしまったように思えます。
これは何もこの電車に限ったことではないのです。
例えば新幹線の「のぞみ」薄いアルミ合金で車体が構成されています。事故が起きれば、今回の事故どころではない状態になるかもしれません。
あるいは関東の方ならば京浜東北線など、これまでの頑丈な鋼製車両から軽く、弱い軽合金製に変わってきています。
最近のデラックスな観光バスもそうです。
大きな窓は柱を少なくして実現し、軽量化とあいまって、事故時に乗客を守るということは、まず考えられていないでしょう。

以前、山陽新幹線でトンネルの天井が崩壊し、列車を直撃するという事故がありました。頑丈な初代新幹線の0系車両は天井を破損しましたが、乗客にはけがはありませんでした。

考えると現代の「人に優しい」というキャッチフレーズは必ずしも安全面での優しさではなく、日常使う上で、不便がなく快適であるということだけだったのでしょうね。
鉄道会社で鋼鉄製の車体を使う会社はほとんどなくなりました。
大手では九州の西鉄、関西の阪神(一部を除く)くらいでしょうか?

僕たちは万が一の時には自分を守ってくれない乗り物しか選べなくなっているようです。
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by MYP2004 | 2005-06-23 14:59 | 神戸舞子から世間を見ると

日本の平和運動と左翼

2005年4月13日(水)

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日本の平和運動と左翼

私(G2)には時々、「あなたのような左翼は・・・」というメールが来ます。
その度に「わっ!」と驚きます。

もちろん周囲にそういう人もいますが、
私は個人主義的自由主義者で、いわゆる左翼ではありません。
左翼運動に関わったこともありません。
別に左翼と言われても構わないのですが、正確には違います、ハイ。

マルクスから批判された空想的社会主義には、けっこう親近感があります。
まぁ理想主義者なのかもしれませんね。
それから、アナーキズムがちょっと好きだったりします。
アナーキズムと言うと恐ろしいイメージがあるかもしれませんが、
広い意味ではトルストイも福沢諭吉もアナーキストですから。
それぐらいの意味です。

で、いつも思うのですが、「人権」「民主主義」「平和」などの言葉を口にすると、
すぐ左翼と言われるんですね。
ちょっと反体制的言動をとっても左翼と言われます。

もっとも、これも世代の問題かもしれません。
30代以下になると、左翼という言葉自体になじみがないですから。
この前、アカと言われたのには驚いた。
アカですよ、アカ。わかりますか? 
赤ペン先生の赤ではありませんからね(笑)。
わからない人は、「赤狩り」について調べましょう。

人権や民主主義や平和が、左翼にダイレクトに結びつく。
というか、そういうイメージしか湧かない。
これは、近代日本における社会思想の貧困を示すものではないでしょうか。

個人の良心の礎になるものは様々あり、抵抗の手段も多様です。
ちなみに河上徹太郎は、名著「日本のアウトサイダー」の中で、
近代日本における真のアウトサイダーは宗教的人間だと述べています。

日本の社会運動や平和運動には、個人主義的なイメージがない。
それほど個人が弱かったのかもしれません。
個人的抵抗が成立しないほど、体制が強かったとも言えるでしょう。
その結果、今や四割にのぼる強固な無党派層が形成され、
潜在的護憲派が沈黙している一因になっているという印象があります。

日本の平和運動が多様な個人の緩やかなネットワークに脱皮できるかどうかに、
平和憲法の命運がかかっているように思えます。
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by MYP2004 | 2005-06-23 14:58 | リビングから見た社会

100周年を迎えた会社

2005年4月1日(金)

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100周年を迎えた会社

今月12日、関西では非常にネームバリューの高い会社が開業100周年を迎える。
この会社は「阪神電気鉄道」1905年、明治38年に大阪と神戸の間を一気に開業、といっても、当初は民間企業による官設鉄道平行線への、免許の条件として、線路の一部を道路上に敷設せよなどの条件がついたという。
それまで蒸気機関車が1時間に1回ていど、のんびり走っていたこの二つの大都市の間に、今から見ると路面電車に毛の生えた程度かもしれないが、それでも電車という、当時最先端の乗り物が数分間隔で走り始めたのだから、世間の注目度は高かっただろう。
阪神という会社はおもしろい会社だと思う。
長い伝統と、しっかりした営業成績と、同社を愛する多数の顧客を有する有力な大手鉄道会社だ。
が、阪急や近鉄ほどは大きくない。
阪神とて近鉄や阪急のような巨大コンツェルンへの道が全くなかったわけではない。また、戦時には交通統制の対象になりかけたこともあったという。
けれども結果的に阪神は自社が作った子会社を吸収するにとどまっている。
小さな会社かもしれない。大手私鉄というには決して大きくはない。けれども阪神の名は全国に知れ渡っている・・言わずとしれたタイガースの存在である。
関西にはかつては京阪を除く大手私鉄がプロ野球チームを有していたけれど、どういう訳か阪神ほどの人気は出ない。これもまた結果として関西電鉄が保有する唯一の球団になってしまった。
阪神の進み方は、必ずしも企業として大きくなくても、十分に人をひきつける力を持つということを考えさせてくれる。
非常に個性的であるが地味な会社・・個性的であるがゆえ、野球チーム以上に鉄道にもファンが多い。

これは・・今後の日本という国の進み方について大きなヒントなのではないだろうか・・山椒は小粒でもぴりりと辛いという。
ピリッとした・・そして個性あふれる道こそがこの国の将来像のような気がするのだが・・

4月1日はエイプリルフールにちなんで、同社の鉄道ファン向け公式ホームページでちょっとした悪戯が行なわれる。こう言う余裕が今、我々に求められているのかもしれない。
http://www.hanshin.co.jp/railfan/index.htm
明日以降はhttp://www.geocities.co.jp/Milano-Killer/3581/hani/index.htm参照。
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by MYP2004 | 2005-06-23 14:57 | 神戸舞子から世間を見ると