カテゴリ:サラリーマンのひとりごと( 9 )

日中友好派も、嫌中派も・・・

それにしても、中国・韓国ネタや、戦争ネタになると、面白いくらいの反応がありますね。
今回も、ご期待に応えて、中国ネタで行きましょうか!

いわゆる日中友好派の人たちの嘆いて曰く、
「最近の日中関係の状況は、極めて残念だ。昔はもっと良かったのに。」

いわゆる嫌中派の人々の激して曰く、
「中国ってのはとんでもない国だ。一党独裁で、中国人たちはがめつくって云々。」

いろんな考え方があると思うのですが、兵士シュベイクのおもえらく、
「日本と中国は有史以来、どちらもが経験したことがない歴史的段階に入っている」と。

20世紀末までは、双方、求める意識のある人たちが交流してきた。

有名な遣唐使の時代では、
日本からは、留学生や僧たちが、文化を学ぶために入唐した。
中国からは、自国の文化を伝える使命感に燃えて、日本へ渡ってきた。
いずれも、荒波を乗り越えて、です。
時代は下って、いわゆる日中国交正常化以降も、基本的には、この状況は同じです。

20世紀末までは、いうなれば、結婚前の恋人同士の関係に似ている。
つまり、お互いのいいところだけを見せ合ってきたわけです。

ところが、20世紀末、状況は激変する。
交通手段の発達や、何よりも、一番大きな要因は「ITの発達」でしょう。

ここに至って、日本と中国は、有史以来、どちらも経験したことのない段階へと
突入したわけです。
お互いが、相手の今まで見たことのない部分を目にしたわけです。
例えていうなら、
美しく着飾っていた女性の、大口をあけていびきをかいている寝姿を見て、幻滅したのです。
カッコよかった男の、家の中でところかまわずオナラをこく姿を見て、幻滅したのです。

兵士シュベイクのおもえらく。

だからと言って、お互いを非難しあったって、しょうがないでしょう。
少なくとも、日本にいる者としては、
「中国って、とんでもない国だ。中共は人権無視の独裁者だ」
と非難して、どうすんの?

お互いのいい面を見た。そして、嫌な面も目にした。
それで、さあ、どうするのか。
離婚して、ハイおしまい、というわけにはいかないぞ。
こいつ嫌やから、引越ししよう、というわけにはいかないぞ。

さあ、どうする? どうする?

by兵士シュベイク
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by MYP2004 | 2006-05-07 23:04 | サラリーマンのひとりごと

教育基本法と「サクラ読本」

やはり、「教育基本法」について、触れないわけにはいきませんね。
巷間、いろんな視点で論議されていますが、少し違った角度で考察してみましょうか。

1933年4月、文部省は小学校の国語の教科書を、
それまで使われていたものから新しいものへ変更しました。
いわゆる「サクラ読本」です。
その年に小学校に入学した生徒から、この教科書「サクラ読本」は使われました。

どんな内容だったか?
それ以前の教科書は、冒頭、次のように始まります。

 ハナ ハト マメ マス ミノ カサ カラカサ カラスガヰマス スズメガヰマス

この教科書で授業を受けたある人の証言によると、
授業では、教師が「ハナ」と黒板に書き、生徒の知っている花の名前を言わせた。
そうやって、身近なものから学習を開始したのですね。

それに対し、「サクラ読本」ではどうか。

 サイタ サイタ サクラ ガ サイタ (咲いた、咲いた、桜が咲いた。)
 コイ コイ シロ コイ (来い、来い、シロ[犬の名]来い。)
 ススメ ススメ ヘイタイ ススメ (進め、進め、兵隊進め。)
 オヒサマ アカイ アサヒ ガ アカイ (お日様赤い、朝日が赤い。)
 ヒノマル ノ ハタ バンザイ バンザイ (日の丸の旗、万歳、万歳。)
 トマレ トマレ ナ ノ ハナ ニ (止まれ、止まれ、菜の花に。)
 ハシレ ハシレ シロ カテ アカ カテ (走れ、走れ、白勝て、赤勝て。)
 ココマデ オイデ ゾロゾロ オイデ (ここまでおいで、ぞろぞろおいで。)
 ハト ハト オミヤ ノ ヤネ カラ オリテコイ(鳩、鳩、お宮の屋根から降りて来い。)

一番目の文章から、二番目以降の文章へのつながりが、無い。
「コイ」「ススメ」といった命令文になっている。
しかも、内容が限定され、旧教科書での授業のように、
内容を広げていくことができなくなってしまう。

先にあげた人の証言によると、旧教科書で授業を受けた最後の世代の自分に対し、
「サクラ読本」で授業を受けた一つ年下の世代とでは、明確に違うものがあったそうです。
明らかに、「サクラ読本」世代は、傲然と目上の人たちを見下していたものを感じた。
受けた教育による意識の違いです。

この歴史は、見過ごすことはできないですね。
小さい頃に刷り込まれたものが、どれだけの影響をその人の生涯に与えることになるか。

教育は、とても大切です。
そして、その内容に対して、国が干渉することは、極力避けなければならない。
しかし、最近の教育基本法「改正」の論議を見ていると、
まさに、人々の心の中に国が入り込もうとしていると思えてならないのです。

日本は、今、とても危険な方向に進みつつある。
そう憂慮するのは、果たして私一人だけでしょうか?

by兵士シュベイク
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by MYP2004 | 2006-04-16 01:04 | サラリーマンのひとりごと

「うどんのつゆ」から「世界の平和」を考える?!

関西人から見て、関東のあのうどんのつゆは、飲めたものじゃない。
「なんや、この真っ黒なつゆは。こんなもん、食べもんとちゃう。」

関東の人から見れば、関西のうどんのつゆは、とても薄いものに感じる。
「なんだよ、こんな薄い色のつゆは。こんなのでよく食べられるね。」

昔、よくこんな会話を、東京出身の友人と大阪出身の友人が交わしていました。

造り方は、どうなんだろう?

Wikipediaの「うどん」の項目によると・・・、

「関東ではそば屋の基本的な調味料である、濃口醤油を煮ながら
 みりんや砂糖を加えてつくるかえしと呼ばれる下地を用いる。
 このかえしを基本に、昆布、鰹節を基本としただしで割って作っており、
 そばつゆに近い。
 一方、関西では昆布、鯖節、鰹節などの複数のだしを基本にしており、
 椎茸や炒り子(イワシの煮干しを炒ったもの)をアクセントとして使う。
 椎茸は甘味、炒り子は辛味が出る。醤油はうすくち醤油を使うことが多い。
 つゆの色は薄く澄んでいる。」

むむ、こうしてみると、つくり方そのものが違うわけだ。
つまり、こうは言えないか。

 『関西と関東のつゆは、もともと違うものだ。』

だから、冒頭の友人同士の会話は、成り立つ余地がない。
だって、違うもの同士を比較し、優劣をつけようとしているのだから。
どっちが優れているか、というものではないわけです。

つまり、友人たちは自分の嗜好を主張し合っているだけなんですね。

そして、ここからが重要なんですが、
自分の持っている価値観で、相手を推し量ろうとしている。

関西人にとって、つゆは色が薄いもの。
だから、関東のあの濃い色のつゆはおかしい。
関東の人から見れば、つゆは濃い口醤油を使うもの。
だから、関西のあのつゆの色は薄すぎる。

これでは、話しになるはずがないですよね。
もともとの土台が違うから。
絶対に一致点はない。


案外、こうしたことって、自分たちの周りに多いんではないでしょうか。

大切なことは、まず、お互いが「違う」ものだという認識を持つこと。
同じ日本人でも、家族兄弟でも、全く別個の人格のはずです。

「あいつのあの態度は許せない」。
そう思うことって、よくありますよね。
そんな時、自分を振り返ってみる。
「自分の狭い了見で、相手を推し量ろうとしていないか」と。
それだけでも、ずいぶん、自分のいる世界が変わるかも。

平和と言っても、こうした身近な所から始まるのではないか。
そんな風にも思いますね。

by兵士シュベイク
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by MYP2004 | 2006-03-25 00:54 | サラリーマンのひとりごと

なぜ、中国は靖国参拝に反対するのか

なぜ、中国は靖国参拝に反対するのか

これは、日中国交回復の時までさかのぼる必要があると思う。

国交回復を結実させる為に、越えなければならない最も大きなハードルは、戦争責任と賠償の問題だった。

中国側にとって、日本から賠償を取り、国の再建にあてれば良いという思いがあっただろう。
しかし、周恩来ら、当時の中国首脳の多くは、別な考え方をもっていた。
それは、彼らの多くがヨーロッパ在住の経験を持っていたことに起因する。
第1次世界大戦でドイツは敗北、多額の賠償金を背負わされた。
賠償金支払いのためにドイツは疲弊し、怨嗟の声がドイツ中に満ち満ちていた。
その声を拾い上げ、われらがゲルマン民族は偉大だ、と叫んだのが、ナチスだ。
その結果、どうなったか。それは、いわずもがな、だろう。
結局、恨みに報復したところで何の解決にもならない。
周恩来たちの間に、そんな意識があったのではないだろうか。

国内には日本からの賠償を待ち望む声。
しかし、日中国交回復は、なんとしてもやり遂げなければならない。

この矛盾を解決するために、彼らは「戦争を指導した日本政府」と「犠牲になった国民」を分離した。
悪いのは戦争を指導した一部軍国主義者だ。国民はその犠牲になった。
その意味から、我々中国人民と日本の国民は等しく同じ辛苦を受けたのだ。
そうして、自国内の日本からの戦後賠償を求める声を封じて賠償を放棄、日中の国交回復を実現させた。

日中国交回復は、一面では、こういう中国側の努力によって成されたと言えるだろう。
責任をいわゆるA級戦犯に押し付ける格好で、「政治的決着」を図った。
そして、日本からは、そうした中国側の配慮に応える形で、対中ODAや円借款などを決定した。
少なくとも、国交回復当初では、そうしたお互いの状況への思いやりがあった。

だからこそ、中国側にとっては、A級戦犯を合祀している靖国神社に日本の首相が参拝をすることは、こうした努力を踏みにじるものに映る。
歴史を重んじる国民性を持つ中国にとって、到底許容できるものではない。

靖国問題に対する、中国の過敏なまでの反応の背景には、こうした意識が働いていると思う。

by兵士シュベイク
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by MYP2004 | 2006-03-12 03:12 | サラリーマンのひとりごと

戦前への回帰? 「功名が辻」のワンシーン

先日、たまたまテレビをつけたら、
NHK大河ドラマ「功名が辻」が放送されていました。

その日の筋書きは、こうです。
題して「妻の覚悟」。
山内一豊が出征している時に、ある家来の妻が亡くなる。
しかし、その妻は夫が戦う気持ちを乱さないため、自分の死を隠すように頼む。
山内と家来は帰国した時、はじめて家来の妻の死を知る。
その姿を見て、山内の妻・千代は武人の妻のあるべき姿を見る。
そんな内容でした。

最後のシーンは、
またも出征する夫たちに、
「必ず生きて帰ってきてください」と笑顔で見送る女たちと子どもたち
というものでした。

私、思わず、「デジャビュ!」と叫んでしまいました。

「この光景、何かで見たことある!」

そう、戦時中の光景です。
戦場にいく男と、それを見送る銃後の女。
その光景そのものですよ。

「功名が辻」が描く世界は、戦前の姿そのものじゃあないか。

by兵士シュベイク
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by MYP2004 | 2006-02-23 23:10 | サラリーマンのひとりごと

丸山眞男「自己内対話」のすすめ

丸山眞男氏の「自己内対話」(みすず書房)を読んでいます。

丸山氏が亡くなって、すでに10年を過ぎましたが、氏の言説の重要性は衰えることはありませんね。

今日は、氏の言葉を二つほど、紹介しましょう。


  国際交流よりも国内交流を、
  国内交流よりも自己内交流を!
  自己自身のなかで対話をもたぬ者が
  どうしてコミュニケーションによる進歩を信じられるのか

  自己内対話は、自分のきらいなものを自分の精神のなかに位置づけ、
  あたかもそれがすきであるかのような自分を想定し、
  その立場に立って自然的自我と対話することである。
  他在において認識するとはそういうことだ。


最近の出来事は「訳がわからない」とよく言われますね。
そういう出来事全てを肯定するわけではないのですが、
少し想像力を尽くして、相手の立場に立って物事を考えてみてはどうでしょう。
そして、その立場から、「訳がわからない」と思う自分自身と対話させてみるのです。
そういう努力の積み重ねの果てに、たとえ一致点が見出せなくても、
相手との共感が生まれるかもしれない。
音楽用語でいうと、「倍音による共鳴」です。
現代の悲劇の要因は、一つには「断絶」がある、というのが筆者の考えです。
その断絶を乗り越えるために、他人に期待するのではなく、
自分自身の中で、「自己内対話」をしてみる。
そこに、「新たなる希望」が見えてくるのではないでしょうか。


最後にもう一つ、丸山眞男氏の言葉を紹介します。


  戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にして起せる。
  平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。
  このことにこそ平和の道徳的優越性がある。


by兵士シュベイク
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by MYP2004 | 2006-02-05 01:15 | サラリーマンのひとりごと

SCMで社員が壊れる!

最近、あるビジネス雑誌の「社員が壊れる」と題された特集を読みました。
効率化、コスト削減の中で、目に見えないところに大きな負荷がかかり、大変な思いをしている人が出てきてる、というような内容でした。

ビジネスの現場では、SCMという手法が進められています。サプライ・チェーン・マネジメントといって、簡単にいうと、「モノを作る場所から顧客まで、できるだけ効率的にしよう」ということです。極力、在庫は持たず、なおかつ顧客の要望を満足させる。機会損失をとことんまでなくす。そうやってコストを下げながら、成果を上げようという手法です。

このため、どこに大きな負荷がかかっているかというと、例えば、トラックの運転手さんです。
それこそ、毎日のように日本列島を縦断。作ったモノや収穫されたものをすぐさまトラックに載せ、指定されたところに運ぶ。睡眠時間2時間とか4時間とかで、一月に家族とほとんど過ごすこともなく、生活するためにトラックを運転する。
それで、何を運んでいるかというと、「どこそこの特産ゼリー」とか「産地直送のなんたら」とか、そんなものです。

そう、今日、私が口にして満足を得ているものは、そうした知らない人の苦しみの果てに手にしたものかもしれないのです。いわば「他人の不幸の上に築かれた満足」かもしれない。

私の願いが叶うとき、誰かが泣いているかもしれないのです。

でも、この満足を捨ててまで、トラックの運転手さんのことを想えるだろうか。

今のこの状況は、決して一部の企業とか市場の論理でつくりだされたものではない。
そう、美味なるものに舌鼓を打ち、欲望を満たして快楽を覚えている人たちが作り出したものだ。

そして、私だって例外ではない。魯迅の言葉のように。

 四千年来、絶えず人間を食ってきた場所、
 そこにおれも、なが年暮らしてきたんだということが、きょう、やっとわかった。

 四千年の食人の歴史をもつおれ。
 はじめはわからなかったが、いまわかった。
 まっとうな人間に顔むけできぬこのおれ。

 人間を食ったことのない子どもは、まだいるかしら?
 せめて子どもを・・・。
                       「狂人日記」より

BY兵士シュベイク
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by MYP2004 | 2006-01-24 21:52 | サラリーマンのひとりごと

ヒューザーとライブドアと震災と宮崎勤と

耐震強度の偽装疑惑で、ヒューザーの社長が国会の証人喚問を受けましたね。
喚問の中で、幾人かの有力政治家の名前が出てきました。

そして、この証人喚問が行われた日が1・17。そう、兵庫県の震災の日ですね。
しかも、宮崎勤の最高裁判決が出る日。
加えて、なんというタイミング! ホリエモンまでが家宅捜索を受けた!

まあ、こういうのを「下種の勘ぐり」というのでしょうがね。
私みたいな一介のサラリーマンにはどうでもええことですが。

高村薫さんの短編小説「父が来た道」(文春文庫「地を這う虫」所収)を思い出しました。
主人公はある有力政治家の運転手。彼は元刑事。父はその有力政治家の地元支持者で、政治家の汚職の罪をかぶって服役中。
物語の最後、疑獄を策略を使い、間一髪で免れた政治家。その姿を見た主人公は、こう思う。


 司直の追及をかわし、際どいところで不正を封じ込めた張本人は、慰みに孫の誕生日を思い出しながら、自分でプレゼントを渡そうとはつゆ思うこともなく、代わりに三日から繰り出す新たな策謀で、すでに頭は一杯なのだった。
 夫人はゴルフに行き、亭主は孫の誕生日のプレゼントを運転手に調達させる。世間が期待した構造汚職の追及の一方で、政治家たちの日常とはこれだった。市井の暮らしとはかけ離れたその日々について、なおも凡庸な魂の凡庸な嫌悪感はあったが、それ以上に慎一郎(引用者注:主人公)は、今こそ政治の世界の化け物に心眼を奪われた思いがし、ああ、父がのめり込んだのはこの感覚だったのかと一瞬考えた。事業欲もさることながら、服役の辛苦さえ父に呑み込ませ、痛恨さえ次のステップのためのバネにさせてしまうのは、この魔力だったのか、と。
 権力という魔力の効いた向う側の世界へ一歩踏み入れたが最後、世界の見え方が変わり、発想も感情も欲望もすべてが形を変える。家族を含めたすべての人間も、敵を叩き潰す闘争も力の誇示も、嘘も非道も、権力の魔力の下で回り続ける。そんな向う側で父は生きてきたのだと、慎一郎は初めて考えた。


今日の証人喚問でも、様々追及がなされていました。
政治家たちの政争の具として。
被害者の住民たちを置き去りにして。

by兵士シュベイク
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by MYP2004 | 2006-01-18 00:19 | サラリーマンのひとりごと

「大変な世の中」とはいうけれど・・・

「最近、物騒な世の中になったなぁ」
「いろんな事件があって、なんか、すごい不安やなぁ」
「世界各地で紛争とかあって、いやな世界になったなぁ」
ここ数年、社会は悪い方向に変わってしまったんじゃないか、というような雰囲気が随所に見受けられますよね。

ほんとにそうなのかな? ちょっと疑問に感じる時があります。
昨日、10年前に放映されていた某放送局スペシャル「映像の世紀」を観ました。20世紀はとても大変な時代だったんだと改めて思いました。
でも、もっと遡ってみて、戦争が日常茶飯事だった時代もあったわけですよね。ペストが大流行し、たくさんの人が亡くなった時代もあった。
つまり、それぞれの時代には、またそれぞれの不安感とか危機があったわけで、そういうものを人々は智慧を出して乗り越えてきたんじゃないか、と思うのです。また、時には、その危機を乗り越えられずに衰退した場合もあったでしょう。

現代はメディアとかインターネットの発達で、リアルタイムに色んな情報を知ることができる。今まで一部の人しか知らなかった情報も、手にすることができる。

こういう時代、人々の意識は二つに分かれるのではないか。
一つは、ある程度恵まれた人は「自分のいる場を守るため」に、そうじゃない場とか人との間に壁を作る。「私はああはなりたくない」「あれは私には関係がない」という意識。二極に分かれようという風潮です。
もう一つは、「あの状況は、私にも起こり得る」「私は決して無関係ではない」という意識。
願わくば、後者のような意識に目覚める人たちの連帯を強め、世の中を良い方向に修正する動きへと結びつけたいですね。

by兵士シュベイク
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by MYP2004 | 2006-01-15 18:00 | サラリーマンのひとりごと