カテゴリ:神戸舞子から世間を見ると( 32 )

戦をしてはならない時期に

台風14号は舞子付近に関しては大きな被害もなく、とりあえずほっと一息という感じですが、九州や山陰・山陽地方の方々には大変だっただろうと思います。
心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い生活の復旧を祈って止みません。
昨日も書きましたが、台風と国政選挙が重なったことは過去に例が無いそうです。
台風の通り道とも言える日本で、重ならなかったと・・これは本当に驚きですが、これまでは基本的に台風シーズンを避けていたということもあるようです。

戦国時代、梅雨の大雨の時期、戦をしてはならない時期に無理やり京へ上る戦を始めたのは今川義元でした。
彼には絶対に勝って京にまでいける自信はあったのです。
今川家といえば、当時、足利将軍に次ぐくらいの家柄ですし、豊かな駿河、遠江、三河を傘下におさめ、金山を保有する大大名でした。
ところが、駿河を出て最初の敵である織田信長の奇襲戦法に、桶狭間の戦いで敗れ去りました。
織田信長は降りしきる雨を味方につけ、奇襲が悟られないようにすることに成功し、一気に今川義元の本陣をつきます。
当時の戦争は大将を討ち取られれば、そのまま負け戦になることが多く、結果として今川軍は大将と幕僚達を失い、敗走することになるわけです。

してはならない時期に、してはならない戦をする・・今の小泉・神崎政権と似ているような気もしますが、残念ながら織田信長に匹敵するほど気概の入った敵はいないような気がしてなりません。
こうなると、戦を仕掛けたものの勝ちということになる訳で、どうも結果はこの国の将来にとって良い方に向かうようには見えません。
戦国時代の織田信長が、もし、今川義元に敗れていたら・・
日本の歴史は、大きく変わっていたかもしれません・・
信長個人への評価は様々ですが、過去の価値観を覆し、新たな価値観を創設したことの意義は大きかったと思うのです。

ところで、小泉首相は自らを信長に例えていますが・・なるほど、宗教を叩いた挙句に手なずけ、自らの飼い犬にするあたりは似ているかもしれませんが、少なくとも、信長は外国に自国を売るようなことは全く考えていなかったのですから、何をかいわんや・・です。。
信長が行なったのは旧来の権威の否定であり、小泉首相がしていることは旧来の権威の維持である事は明白です。
それとも、信長がやったように大量の民衆を虐殺するようなことを彼もしたいからでしょうか?

僕の小説サイト「STORY」最新作は叡山攻撃前夜の信長と秀吉、蜂須賀小六を書いてみました。

STORYはこちらです。

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by MYP2004 | 2005-09-07 09:50 | 神戸舞子から世間を見ると

今や総理はスーパースター

タイトルは中島みゆきさんのかつての歌のフレーズからお借りしました。

ここ数日のテレビ報道を見ていると、小泉総理の絶大な人気ぶりが伺えます。
京都駅では「きゃー小泉総理よ!わ!こっち向いてくれた!」「じゅんちゃーーん!」「じゅんさまぁ!」との黄色い声が飛び交う中を、嬉しそうに歩く首相の姿が映し出されていました。
同じテレビ番組で、シーンは変わって、神奈川県のニュータウンらしきところにある駅前・・
歌手の山本リンダさんが、悲壮な表情で、候補の応援演説をしていて、熱心に聞き入るファンか、それとも支持者か良く分からない方々の姿も映し出されていました。
メディア戦略と言いますが、これでは、有権者と言うものは、あるいは国民というものは無知で、好奇心だけが溢れていて、そこをうまく制した人が選挙で当選する・・そのような印象を僕は持ってしまいました。

「じゅんさま!」と叫んでおられた女性は、小泉首相がこの数年で行なった様々な国民への痛みだけを伴う改革の実態がわかっておられるのでしょうか?
それとも、もっといじめて欲しい・・マゾ的な快楽によっておられるのでしょうか?
(不適切な言葉の使用・・申し訳ございません)
これでは、イメージだけで民主主義を逆手にとって独裁国家を実現したヒトラーと一緒ではないのでしょうか??
山本リンダさんに個人的な恨みはありませんが、彼女は現政権がなそうとしていることをきちんと理解されたうえで応援演説をしておられるのでしょうか?
歌手に政治家の魑魅魍魎の世界の何が分かるというのでしょうか?

米国の選挙は、確かにメディア戦略が中心ですね。
ですが、日本のように、候補者や、首相をタレント化して扱うのでしょうか?
もう少し、市民が賢くならなければなりません。
もう少し、国民それぞれが自分の頭で考えなければなりません。
きちんと政策を論じ、その政策が投票のポイントになっていかないと、やがて民主主義は崩壊し、恐ろしい全体主義のもとで、戦争への道を走ることになるでしょう・・
僕はそこを憂いています
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by MYP2004 | 2005-09-01 13:54 | 神戸舞子から世間を見ると

つくばエクスプレス開業!

秋葉原とつくばを結ぶ新しい第三セクター鉄道・・つくばエクスプレスが開業です。

混雑の激しい常磐線の混雑緩和の切り札ですが、その常磐線を運営するJR東日本は7月に先行してダイヤ改正を実施・・時速130キロで突っ走る特別快速の運行を開始しています。
鳴り物入りで開業するつくばエクスプレスですが、巨額の建設費の償還はこれからで、果たして順調な経営が出来るや否や、非常にきわどいものもあります。
沿線の開発はバブル以降には沈静化してしまい、人口増加も鈍化しています。
これからは今ある乗客をJRと奪い合うことにもなりかねず、だったら、その経営はJRにさせるべきではなかったかとも思うわけで、一鉄道ファンとして複雑な心境であります。
更に、つくばには実は数年前まで「筑波鉄道」が走っていて、常磐線と連絡をしていたのですが、どうにもこうにも経営がうまく行かず、廃止されてしまった経緯もあります。
高速道路も整備され、首都圏と言えど交通渋滞は随分緩和されています。
果たしてつくばエクスプレスの将来やいかに・・
東京・つくば間は距離も結構あり、運輸収入を少しでも増やすために有料制の特急列車なども考えても良かったかもしれません。

僕のいる関西では阪神・近鉄・京阪各社がそれぞれ新線を建設しています。
もっとも早くできるのが近鉄の新線で、来年の3月・・そのあと、阪神・京阪は2015年目処と言うことです。
特に阪神の新線は近鉄と直通運転を実現するもので、これが出来ると姫路と名古屋の間が私鉄の線路だけでつながります。
夢は膨らみますが、やはり気になるのが巨額の建設費・・
近年開業したJR東西線は乗客数こそ予想を下回っているものの、順調に建設費の返還を行なっているようですが、他の路線もそうなりますや否や・・

こういう大事業は確かに生活を便利にし、経済発展を勧めていく効果があるのですが、反面、これは将来の世代への大きな借金であるともいえるわけです。
つくばエクスプレスの場合は通勤路線であり、日常の生活に使える路線であるだけにまだしも、現在の交通至便の時代にまだ新幹線を敷き続けようとする政策への疑問もわいてきます。
高速道路然り、空港然り、新幹線然り・・
しっかり考えて将来の世代の負担が大きくならぬように、いま少し慎重であって欲しいと思うのは僕だけでしょうか??

もしも、皆さんが、今の生活費を、息子や娘を質に入れてそれで賄っているとしたらどうでしょう?
贅沢は出来るでしょうか?
現実の政治の世界では30年後、50年後と言う息子や娘の世代に頼らなければ返済できない負の遺産を作り続けているようにも思えます。

つくばエクスプレス・・順調な経営と建設費の返済が出来るよう祈るばかりです。
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by MYP2004 | 2005-08-24 11:43 | 神戸舞子から世間を見ると

公募候補

僕の住む町、神戸市垂水区と須磨区の衆議院小選挙区での自民党の候補は、公募に応募した方と言うことになるようです。
で・・この方、地元には縁もゆかりもないのですよね。
ここでちょっと考え込んでしまいます。
小選挙区制で地域ごとに区割りがあるのは、何のためなんでしょうか?
地域によっては特殊な事情を抱える場合もあるでしょうし、その地域ゆえの悩みもあるかと思います。
例えば、兵庫県内でも尼崎のような重工業地帯と神戸都心のビジネス街を抱える地域、三田や加古川のような新興住宅地、北播や但馬のような農業地域、あるいは香住港や明石港などの漁港・・
地元を知らずしてなんで衆議院議員が務まるのでしょうか?
小泉さんは改革を熱心に口に出しますが、改革とは地元を知らない議員を大量にこしらえて地域の事情に頬被りをすることなのでしょうか?
考えればこれほど地域を馬鹿にしたやり方はないと思うのです。
しかもこの候補を創価学会・公明党が支援することが決定したようで、これではどう考えても学会・公明が庶民の味方と言うキャッチフレーズを叫んでいたのは、やはり大嘘だったと言わざるを得ません。
衆議院には比例代表もあり、地域の実情を勘案しなくてよい候補はここから出せばよいわけです。
地域を代表して国会に送り込む議員ですから地域の実情を全く知らない・・そんな人間は地域住民として認めるべきではないと考えますが、皆さんはいかがお考えですか?
そろそろ縁故で頼られるような選挙は終わりにして自分の頭で考えて候補に投票するようにしなければなりません。
選挙の争点は郵政・年金と言ったような大きなことももちろんですが、地域の活性化にも小選挙区の強みを生かして頑張る議員に登場してもらわなければならないのです。

果たして、自民党の公募候補さん・・
この町に郊外の住宅地的な部分と、観光地である部分、漁業の町であるん部分、文教地区である部分、自然の山野が今も残っていると言う部分・・どこまでご存知か・・
はっきり言って、もう、エリートはいらないのです。
あくまでも愛する故郷の人のために、粉骨砕身して働く人が良いと、僕は思っているのですけれど・・古いかな??
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by MYP2004 | 2005-08-17 10:07 | 神戸舞子から世間を見ると

解散・総選挙

僕自身、以前に日記でも衆議院は解散すべしと書いたのですが、しかし時期というものも、もう少し考えても良かったようには思いますね。
議員になられるような方は高齢の方が多いですから、夏の暑さで体調を崩されないか心配ですし、支持者の方々はお盆に田舎へ帰ったり、子供たちとの約束があったりすることも多いはずで、この点では小泉さんを恨みに思う方々も多いでしょうね。
それと、森前総理が記者の方々に語った言葉で印象的だったのは・・
「衆議院では郵政民営化反対の立場の方にも、賛成に回ってもらったんだ。その人たちを路頭に迷わせてどうする」
これは国民の話ではなく、国会議員の方々のことのようで、国会議員たるもの、自らの生活よりは国民・国家の将来のために活躍せねばならぬはずで、この発言は、現実には国会議員が自分たちのために存在するということを暴露したこととお同じなのではないかと、僕には見えてしまいます。

さて、選挙は現実には開始されたわけですが、今のところ舞子の町は静かで、まさに嵐の前の静けさといった感じです。
舞子の町がある垂水区では以前、自民党候補だった方が逮捕されていますから、次の選挙では自民党は誰を推すのか、興味はありますけれど・・

しかし庶民の立場から言うと、経営がそれなりにうまくいっている郵便局をどうのこうのよりも、日々の生活の質的な向上が大切なわけで、そう言う意味では選挙の争点は庶民の感覚からずれているということでしょうか?

舞子の町ではここ数ヶ月、撤退や廃業が相次ぎ、とても景気向上の実感など持てるはずもありません。
ただ単にて撤退・廃業といっても、そこには一人一人の苦渋に満ちたドラマがあるわけで、全国で毎月何万という倒産件数というデータもまた、実はその数字の裏には数え切れない涙や汗、あるいは自殺と言ったことも含まれているわけです。
日本では年間3万人が自殺しますが、これをのほほんと捉えている政権など、庶民にとっては必要がないわけで、そう言う意味では小泉さんの政治手法は庶民を踏み台にして国家の力を上げるということですから、到底、庶民の目線というには程遠いなあと思うわけです。

このところ、毎日のようにJRの電車に遅れが出ています。
その遅れの原因で最も多いのが「人身事故」です。
普通に聞くこの「人身事故」という言葉ですが、その言葉の向こうには一人の人が自ら命を絶つという現実のやるせなさとその人の周りの人の哀しみがあります。
悲しい現実を減らす努力をしない為政者はいずれ追われる事になると思うのですけれど・・
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by MYP2004 | 2005-08-10 10:56 | 神戸舞子から世間を見ると

神戸空港って・・・?

我田引水・・いまや我田引空?
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来年2月16日、神戸空港が開港します。
何でこの日なのか?もっとキリのよい日にしないのか不思議ですが、とにかく、そうなっているようです。

で・・この空港、無理やり作った感があります。
僕は飛行機に乗ることは好きではありませんし、その意味もあって、始めから空港には否定的でした。
ですので関西空港を神戸に作ると言う話を、神戸市が断ったことなどは良い事だと考えていましたが、なぜか関西空港が泉佐野沖に出来ることになると、市営の空港を作ると言い出しました。
この空港が何故必要か?
伊丹との関係はどうなるのか?説明らしい説明も無いまま、神戸空港は出来つつあり、開港の日を迎えます。
空港のようなインフラは賛否があって当然で、そう言う意味ではいがみ合いをする必要はないと思うのですが、僕自身経験がありますが空港賛成派の議員さん方はなぜかこの問題では強面で押し通されます。
普段柔らかな物腰の方までも、人が変わったかのように怖い威圧的な態度に出られます。

僕は生理的に飛行機嫌いですから、感情論にもなります。
ですが、やはり、市民が矛盾を感じてしまったようなことを、きちんと伝えないというのはおかしいと思うわけです。
関西空港の二期工事も進んでいます。
伊丹空港は存続が前提でモノレールも開通しています。
三宮から空港までは確かにこれまでのどの空港へ行くよりも近くなります。
ですが、三宮のすぐ近くには新幹線の新神戸駅もあります。
運転の頻度では新幹線の「のぞみ」「ひかり」と神戸空港発着の飛行機では比べ物になりません。
神戸から東京都心へは空港が出来ても新幹線のほうがアクセスの良さから速いくらいです。

しかも航空機の航路は関西空港、伊丹空港の航路に阻まれて発着の経路が限られ、東西に長い神戸の市街地に添うように西への発着しか出来ない・・ということは僕の住んでいる町でも騒音の問題が出る恐れがあります。
航路は明石海峡上空300メートルと言う話も出ています。

この状況で空港が必要だと言う市民がある程度まとまった数になるのは当たり前で、これまで神戸市は市議会与党の力で無理やりに進めてきた経緯があります。
そうではないと市議会与党会派の方々は言うでしょうが、現実に市議会に接触し、意見をぶつけてきた僕には無理やりに見えても致し方のない部分もあります。

神戸に限らず、空港が欲しい都市は増えているようです。
地方空港花盛り・・けれども某所の空港のように、全く利用予測が外れたところもあります。
利用予測が外れ、大赤字になった場合、その負担は市民の税金に頼らざるを得なくなります。
それでも空港は莫大な投資をして作り続けられていく・・
所詮はかつての我田引水が形を変えただけのような気がするのですが、どうでしょうか?
戦前には我田引鉄(鉄道路線を引っ張り込むこと)、戦後の高度経済成長時代は我田引道(高速道路を引っ張り込むこと)、我田引橋(大きな橋を作ること)・・・・
形の残るものは政治家たちの力の象徴だったこの国の中で、本当に真剣に将来の世代の負担も考えて、総合的な投資をしていく政治家など存在しなかったのかもしれません。

神戸空港は航空機を呼び込むことの成果は出てきつつありますが、肝心の空港島の分譲は応募する企業が少なく難航しているようです。
これを作った議員たち・・責任とってよね。。
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by MYP2004 | 2005-08-02 17:59 | 神戸舞子から世間を見ると

JR西日本の体質がまた・・

最初に、僕は元国鉄マンです。
今もJR車内のたくさんの友人があり、特に車両系統の話は良く伺っています。
その中で、今回、JR西日本が報道公開した各紙の記事におかしなものを感じましたので、ここで書かせていただくことにします。

以下は僕の個人サイトからの転載です。

JR西日本が計画中だった新型通勤電車・・321系が完成し、試運転を始めたニュースが各紙を飾っています。
いわく・・尼崎脱線事故を受けて、先頭車両に重心の低いモーター車両を使った。
これは大嘘で、JR西日本、またやったかと言う感じです。
というのは、この車両は4月時点で既に製造工程に入っており、252両全てを近畿車輛に発注済でした。
元々の計画が6M1T・・モーター車両が6両、付随車両が1両で、最近の電車にしてはモーター車両が異様に多いのですが、実は各車両、モーターの数は従来の半分、通常、電車はモーターつきの車両1両に4個のモーターを載せますが、これが2個なのです。
普通、電車は編成の半分程度をモーター付きにしますから、321系車両はモーターを分散させただけで、結局は従来の車両と大きく性能は変わらないわけです。
で・・実は4月25日時点で、最初の編成の一部が既に完成していて、6月には編成を揃わせて公開する予定だったのが、事故で延期になり、結局、車体の色を変えることだけの対策で出場させると言うのが真相です。
つまり、先頭車両をモーター車両としたのは事故対策でも何でもなく、只単に最初からそう言う設計だったのをそのまま、都合よく言葉を使っているだけなのです。
電車の設計変更は数週間でなど出来ません。
出来ないことをいかにもしたかのように発表する・・これはまたぞろ体質が如実に出てきてしまったということなのではないでしょうか?
で・・今回の新型車両投入は実は東海道山陽線の大幅なスピードアップのためです。
この路線にはたくさんの新駅が計画されていますが、これらの駅が全て完成するとどうしても電車の速度は落ちます。
そこでより高性能の車両で揃えることで、今と変わらない所要時間で走る計画なのです。
つまりはそれだけ運転士に要求されることは増えるわけで・・
しかも、この路線・・日本最高峰の高速通勤線区でもありますが・・この路線のATSはATS-Pとは名ばかりのATS-Pwです。
速度照査など、殆ど存在しません。
アブナイアブナイ・・そう思うのは僕だけでしょうか?

つまりは、かつての大本営発表の如く、JR西日本のおかしな発表を鵜呑みにして報道するマスコミ各社の努力のなさが、こういう問題のある記事を垂れ流すのではないかと考えるわけです。

画像は右が321系最初のイメージ図、左が変更後のイメージ図です。
ちなみに線路の幅がかなり広く描かれているような気が・・大汗。。

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by MYP2004 | 2005-07-21 09:57 | 神戸舞子から世間を見ると

事故のあった海岸に・・

2001年7月21日、明石市の花火大会見物でごった返すJR朝霧駅と大蔵海岸を結ぶ歩道橋で最悪の将棋倒し事件が起こりました。
この事件についてはまだ記憶に新しく、覚えておられる方もたくさんあるだろうと思うのです。
亡くなった方は子供さんやお年寄りの方が中心で11人、負傷者は185人と言う大事故でした。
実は、このときに群衆の中には僕の親族も家族3人でいて、彼らも、命の危険を感じたそうです。
大蔵海岸はJR朝霧駅南側一帯の、ごく普通のテトラポットや岸壁で作られていた海岸を明石海峡大橋完成に合わせ、新たに造成した人工海岸でした。
明石市としてはこの地で巨大な花火大会を実施し、もって市の威容を誇るべしとの思考だったのでしょうか・・市民が安心して楽しむイベントと言うにはあまりにもお粗末な警備体制や、観客の流れを的確に予想し、自然に多くの観客を安全に流せるような事前の検討が全くでたらめであったことが分かり、警備会社、県警、市の三者が被害者や遺族から提訴されていました。

さらに大蔵海岸では同じ年の12月30日に東京から里帰りしていた方の五歳の娘さんが砂浜の陥没に引きずり込まれて5ヵ月後に亡くなられました。

大事故を引き続いて二度も起こした海岸は、その後閉鎖され、長く再工事を行なってきました。
明石海峡大橋の開通を契機に一気に町おこしへ持っていく筈だった行政の甘い計画は、多くの市民を犠牲にする結果となり、海岸一体はしばらくは開発工事もストップし、都会の中で人の立ち入らない空間となってしまいました。
明石市の市長は辞職し、市は市民との接点を今一度根本から見つめ治す作業の途中にあります。

人の気配がなくなり、渚があるということになると、そこは野鳥の住処と化します。
それも、珍鳥コアジサシが大挙してそこにやってきたのですから、驚きです。
海岸の再工事は終了し、いつでも海水浴場として使えるようになった今年に、これは皮肉か、それとも天からの声か・・とりあえず、明石市はコアジサシが巣立つまでは海岸の開放をしないことを決定・・
今も海岸は見慣れぬ渡り鳥たちの楽園となっています。
8月には彼らも南半球へ帰るだろうと言うことですが、さてさて、そんなに人間の思惑通りに行くものでしょうか?

さて、歩道橋事故の遺族が起こした訴えについて、裁判所はきわめて妥当な判決を申し渡しています。
警備会社、県警、市当局も控訴はしないと断言・・判決は確定される見込みです。
渡り鳥たちは、これで一気に解放へ向かおうとする行政当局の気持ちを知っているのか、のんびりと過ごしているようです。
この小さな鳥こそ、二度の事故で亡くなった小さな子供たちからのメッセージを受け取った使者なのかもしれない・・
いましばらくは、ここはそうっとしてあげようね・・
そんな声が聞こえそうな気がするのですが・・
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by MYP2004 | 2005-07-01 20:02 | 神戸舞子から世間を見ると

うち捨てられた論文・・鉄道事故裏話

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筆者注:
少し専門的な話ですが、なるべく言葉を平易にして問題の本質を見ていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

尼崎での電車脱線事故について、これまでの報道から見えてこない部分・・
例えば、クルマの事故が起きたなら、クルマがなぜ、そう言う動きをするか・・そう言うことを解明し、それがクルマの製造、設計技術にフィードバックされ、ブレーキや駆動方法、サスペンションやシャーシ、全体のバランス、といった部分に改善がなされているものです。
ところが、鉄道という大量の人命をあずかる乗り物において、非常に優れた論文が発表され、その論文の優秀性は認められても、不思議なことにそれがフィードバックされない現象も起きています。
今回、尼崎脱線事故でも、立証されてしまった、ある論文を考えてみたいと思うのです。

1998年、7月・・鉄道業界専門誌、鉄道ピクトリアルの増刊号で、京浜急行電鉄顧問の丸山氏が寄せた論文・・「京浜急行の先頭電動車編成について」によると以下の記述があります。
(1) 狭軌で先頭Tc車の場合は障害物と衝突すると例外なく複数の車両が脱線転覆する.先頭車は進行方向と直角に向きが変わる.乗客に死傷者のでる場合が多い.
(2) 狭軌で先頭Mc車の場合は,先頭車と2両目は脱線するが転覆しない場合もある.先頭車は進行方向と直角に向きを変える場合が多い.
(3) 標準軌間で先頭Tc車の場合は,先頭Tc車は脱線して進行方向と直角に向きを変える.転覆する場合としない場合がある.2両目は先頭車が支障物となって,脱線転覆する場合が多い.
(4) 標準軌間で先頭Mc車の場合は,支障物と衝突して先頭車は脱線しても,進行方向からほとんど向きを変えない.
(Mc・・制御電動車・・モーターと運転台のある車両  Tc・・制御付随車・・モーターはなく、運転台だけがある車両、狭軌・・線路の幅[軌間]が1067ミリでJRや東武、東急、名鉄、南海など 標準軌・・線路の幅が1435ミリで京急、京成、阪急、阪神、西鉄など新幹線もこれに相当する)
この論文は非常に重要な問題点を含んでいます。
JRの場合、先頭車両がTc・・つまりモーターを持たない車両であることが多いのです。
先日の尼崎事故で脱線大破した車両もクハ207というモーターのない車両でした。
JRの場合、国鉄時代から先頭車両はモーターを積まないことが多く、これは検査の際の簡便さや、設計の簡易さから採用されている方式です。
昭和38年11月9日、京浜急行生麦駅の近くで国鉄の鶴見事故が発生しました。
この事故は、当時、東海道線と同じ線路を走っていた上り横須賀線電車が、横を走る貨物列車の脱線に巻き込まれ、先頭車両が脱線、大きく方向を変えて、ちょうど反対から走ってきた下り横須賀線電車の4両目付近に激突、この前後の車両を中心に160人の死者を出した大惨事でした。
京浜急行としてはそれ以後、研究の成果から、先頭車両をモーターつきにすることを同社の規則として定め、万が一の事故の際にも、関連する二重事故を引き起こすことのない結果を出しています。
この丸山氏の論文は、ある面で非常に大切なもので、世界中の列車事故を調べ、さらに同社の豊富な経験から引き出したものです。
もしも・・尼崎脱線事故の車両が先頭電動車であったなら、高速でカーブに入っても車体は浮かず、方向は力のかかっている方向に向かい、脱線したとしても、マンションに突っ込むことはなかったかもしれません。
そうでなくても、限界時には不安定な狭軌であったわけです。
脱線しないことが確かに何より大切な安全政策なのかもしれません。
しかし、万が一、脱線という事態・・今回のような速度オーバーでなくても、例えば、踏み切りへの違法侵入、あるいは線路への妨害工作ということも考えられます・・その事態に至ったときに、少なくとも二重事故を防止することで被害の拡大は免れるわけです。
ちなみに、先頭電動車方式にすることによるコストアップはほとんどないそうです。
だのに、何故、優れた安定性を確保できる方式を各鉄道会社は採用できないのか・・

JRを始め、狭軌の鉄道の方が車両のサイズが大きいという日本独特の不思議なアンバランスもあります。
JRなどの車両の幅は2950ミリに達していますが、標準軌の鉄道で最大の車体幅を採用しているのが、京浜急行の2830ミリであるという現実・・(京王線は1372ミリという特殊なサイズの軌間を採用していますが、車体幅は2845ミリで狭軌以外ではこの会社が最も幅広の車体を採用しています)
安定性については、当然、線路の幅が狭く、車体が大きい方が不利になります。
不利な狭軌を採用している鉄道各社こそ、本当はもっと不測の事態に備え、最善の方策をつくすべきなのではないのでしょうか?

優れた論文ながらも、それも安全に直結することを真摯に研究したものであっても、結局は自社の風土やこれまでの慣例からそれを見つめることもない・・
これでは、今後も万が一の時にはどうなるのかとの不安を抱かざるを得ないのですが、それは僕だけでしょうか?
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by MYP2004 | 2005-06-28 18:37 | 神戸舞子から世間を見ると

ニコンに見る漸進主義という考え方

2005年5月11日(水)

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ニコンに見る漸進主義という考え方

世の中は全て使い捨て、効率至上主義・・昨日の新製品は明日にはもう時代遅れ、昨日までの考え方は明日にはもう使えない、というのが現代日本の姿だろう。
日本の企業にも同じようなクセというものがあるようにも思う。
けれども、一部の企業では常に過去と向き合い、過去をたたき台として、顧客とともに次に進む方針を取っているところもある。

ニコンは良く知られたカメラメーカーだ。
ギネスブックにも載り、世界最高峰のカメラシステムを有する会社の一つとしての地位を確固としたものにしている。
この会社は元々は光学製品、特に軍需用の良質な光学製品を国産で供給するために1917年、三菱グループの一つとして設立された過去を持つ。元の社名は日本光学だ。
戦後、軍事産業が解体される中、民生用の小型カメラなどに活力を求めて、カメラを作ってきた。
カメラメーカーとしては後発の部類に属するかもしれない。戦前には日本光学のレンズはあってもカメラはなく、ライバルキャノンが産声を上げた時に、この会社のレンズを使ったのは有名な話だ。
1948年からカメラを発売、当時、朝鮮戦争の取材でニコンのカメラはアメリカのカメラマンからその耐久性、レンズの優秀さなどで高い評価を得、世界的な製品へと飛躍する。
このニコン製品には大きな特徴がある。それは必ずといってよいほど、新製品とその前の製品にはレンズやアクセサリーなど、互換性があるということだ。
そしてそれは1959年のニコンFから現代のデジタルカメラD2Xにまで連綿とつながっている。(最もさすがに最新型では過去のレンズにも制限が出てきてはいるけれど・・)
設計側としては過去を考えない製品のほうが出しやすいだろう・・けれどもあえてこの会社は過去のユーザーをなるべく裏切らない形で製品の供給を続けてきた。
いわば、岩登りのようなものだろうか・・身体の3点は動かさず、残りの1点で前に向かう。順に一つずつ動かす点を変えることで全体として上に上っていくというやり方である。
これで新製品で一気に置き換える他社と肩を並べ、その上を行くのだから、しんどい道ではある。
よく考えると、一気に革新というのは理想だけれども、やはり人間に過去のしがらみは捨てられない。
一つずつ・・過去を意識しながら進む・・案外、こう言う方法が良い意味での人生を象徴し、私達の運動の進め方にも共通するようにも思う。
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by MYP2004 | 2005-06-23 15:00 | 神戸舞子から世間を見ると