カテゴリ:リビングから見た社会( 41 )

憲法「改正」のまやかし

もし「憲法改正はした方がいいと思いますか?」と聞かれたら、私は質問者の意図をはかりかねて、すぐには答えられないでしょう。

「憲法改正? 憲法を丸ごと変えようというのかな・・・。 まさかね。やはり九条のことを言っているのかな」などと考えてから、こう聞くでしょう。「憲法の、どこをどういうふうに変えるのですか」。

だって、そうでしょう? こんなおかしな聞き方ってありますか。いきなり「リフォームするのか、しないのか」と聞かれてもね。yes/noでは答えられませんよ。

ところが、こんなおかしなことがまかり通っているのです。それが現在の憲法「改正」論議、特に世論調査です。「憲法改正は必要ですか」ってアナタ、そんな大問題を拙速に聞く方が間違っています。憲法とは何か、まず国民レベルで勉強することから始めないと、リフォーム詐欺に遭うかもしれないじゃないですか。

それにしても、こういうおかしな聞き方、最近もあったような・・・。 おお〜っ、郵政民営化がそうだった!とにかくyesかnoか、賛成か反対か、改革派か抵抗勢力かと二者択一を迫り、考えたり反対したりしたら、時流に乗り遅れるかのような雰囲気をつくる。そして何が何だかわからないままに、一気にケリをつけるというやり方です。

そもそも改正ということばは、現状が悪いということを前提としています。現状をより良くする事には誰も反対できません。「改正すべきか」と聞かれるからには、現状ではまずいのだろうと思いますよね。

つまり、改正という言葉自体に仕かけがあるわけですよ。あらかじめ価値判断を含んだ質問なのです。従って憲法改正と言ったとたん、この罠にはまることになります。巧妙ですよね・・・だから私は、憲法「改正」と言うことにしています。

今、永田町には憲法「改正」をめぐって、異様な高揚感が漂っています。民主党の前原誠司新代表は、「憲法の改正もできる党だということをアピールしていく」と言いました。1930年代の、若手「改革」派将校がああいう感じだったんでしょうね。

ターゲットはもちろん九条ですが、ついでにあちこち手を入れて、国民に説教を垂れる教訓集のような、異常なシロモノをめざしています。憲法は支配者の暴走を防ぐものという基礎知識さえ、無視(知らない?!)。

そうそう、衆院憲法調査会をずっと傍聴してきた新聞記者に聞いたのですが、政治家が国の将来を憂いて議論しているように報道されているけれど、実際はひどいものだとか。

居眠り、私語、欠席、勝手な出入りで、学級崩壊状態のふざけた会議。政治家が立場を利用して、言いたいことを言っているのが実態だそうです。「憲法改正論議なんていう、そんな立派なものじゃないよ」ですって!

改革、改正。「改」の字に御用心。政治家は概して不勉強ですからね(意外に知られていないけど)。国民が賢明になってリードしないと。

有事法制成立の時は、新聞が「国民の7割が支持」と書いたために、世論を気にした議員たちが、一気に賛成に流れたとのこと。議員から聞いた話です。

追記

今yahooニュースを見たら、民主党の前原新代表を、「端正な顔立ちでジャニーズ系」「国会の郷ひろみ」と紹介していた。こういう取り上げ方がいけないのよねぇ。本当に「改革」派将校になるかも。 by G2
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by MYP2004 | 2005-09-17 22:12 | リビングから見た社会

衆議院選挙で、自民党は本当に圧勝したのか

争点を郵政民営化一本に絞り、二者択一を迫って、
派手なパフォォーマンスで国民を思考停止に追い込んだ衆議院選挙が終わりました。
新聞には「自民圧勝」の文字が踊っています。

朝日新聞は一面に、ストライプのシャツを来た首相の満開の笑顔をカラーで載せ、
社会面には深夜、会見場から肩を落として去る岡田代表の姿を、
「白黒写真」で載せていました。
明暗を分けた様子を伝えたかったのかもしれませんが、
こういうマスコミの報道ぶりが、事の本質を隠蔽しまうんですよね。

これがテレビになるともっとひどい。
もう、目を覆わんばかりです。
視聴率という内部向けの数字を気にしているんでしょうが、
華やかな女性「刺客」候補の派手な選挙戦を振り返り、
「民意は郵政民営化を支持した」というメッセージを繰り返しています。

こういう情報に触れていると、「これが時代の趨勢なのか。
皆そう考えているんだな」という気分になってきます。
あとは「勝てば官軍」「長いものには巻かれろ」。
敢えて時代の奔流に逆らおうという気持ちにはなりません。
何しろムードに弱い国民性で、
大勢が決まったら「バスに乗り遅れるな」ですから。

そもそも、郵政民営化ばかり取り上げた時点で、
マスコミは本質の隠蔽に手を貸しています。
まぁ、権力に睨まれたくなかったのでしょう。
仕事がやりにくくなりますからね。

しかし、テレビがイラク問題や憲法問題、外交問題を繰り返し取り上げていたら、
小泉自民党の情報操作はここまでうまくいったでしょうか。
そして、選挙後のこの報道ぶり。
マスコミの太鼓持ちは延々と続いています。

ところで毎日新聞の集計によると、今回の衆院選小選挙区の有効投票総数のうち、
自民党候補の得票の占める比率は47.8%、
民主党候補は36.4%だったそうです。

しかし、自民党は定数300の小選挙区で、7割以上にあたる219議席を獲得、
民主党は4分の1以下の52議席にとどまっており、
得票率以上に議席数に差がつく、小選挙区制度の弊害がよくわかります。

今回の選挙の小選挙区の総有効投票数は、約6806万票。
自民党の得票数は全国総計で、3251万票余り。
一方、民主党は2480万票強で、両党の差は約771万票でした。

しかし、当選者が1人の小選挙区制度では、次点以下の候補者に投じられた票は、
惜敗率として比例代表の復活当選に反映される以外は、「死票」となります。
当選者が2人以上の中選挙区制と比べ、
得票率と獲得議席のかい離が大きくなる特徴を反映して、
議席数で4倍以上の差がつきました。

象徴的なのは、東京都のケース。
都内25小選挙区の有効投票総数のうち、自民党候補は約50%、
民主党候補は約36%の得票でしたが、獲得議席数は「23対1」でした。

つまり、自民党は伝えられているほどの圧勝ではないのです。
それなのに、「あんな暗い顔の男(岡田代表)はダメだ」の何のって、袋だたき。
まぁ確かに暗いですが(笑)、皆で敗者をこきおろす様子には薄ら寒いものが・・。
敗れた側に向けられる、この侮蔑と嘲笑。
明日は我が身かもしれないのに。

かくして、政権交代を不可能にするために自民党が推し進めた、
小選挙区制という狡猾な制度の欠陥を指摘する声は聞こえてきません。

自民党よ奢るなかれ。
国民よ騙されるなかれ。
日本は今、内憂外患です。
政府の暴走を許してはなりません。  by G2
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by MYP2004 | 2005-09-12 18:08 | リビングから見た社会

女性「刺客」候補たちが示すもの:権力に近づく女たち

作家の林真理子氏と女性経営者の奥谷礼子氏は、
小泉首相と定期的に食事会をしているそうです。
へぇ・・・・。
この話を新聞で読んで頭の中にパッとひらめきが走り、
このブログを書こうと思い立ちました。
テーマはズバリ、「権力に近づく女たち」です。

いわゆる女性「刺客」候補たちに
(この言い方は良くないと思うのですが、敢えて使います)、
私は同性として、ある共通の要素を感じるのです。
それは「現体制の絶対的肯定」。
その上で、うまく立ち回って上昇していく事ができる才覚。
いやぁ、すごいですねぇ! 

ひと昔前、90年代半ばぐらいまで、
女性の社会進出は何かを変えることにつながっていました。
マドンナ作戦という言葉は(これもあまり良い言葉ではありませんが)、
そういう雰囲気の中から出てきたものだったと思います。
つまり、女性は「変化」を象徴する存在だったのです。

しかし、女性の社会進出と共に状況は変わりました。
決定的だったのは、イラク戦争時の川口順子外務大臣の存在。
小泉首相と共に、ポーカーフェースで公式見解を繰り返す様子は、
女性もまた体制の担い手になったのだという、苦い現実を教えてくれました。

そして今回の刺客候補たちの「見事な」生き方。
鮮やかそのものです。
大手マスコミ幹部と関係を結んで、出世への足がかりをつかんだらしき人あり、
(この人、才色兼備なのに目が空洞なのはナゼ?)
経歴詐称ながら若さと美貌で知名度を上げ、
いつのまにか大学教授に納まっていた人あり(ノーコメント)、
「料理も政治も同じ」と平気で言える人あり(・・・・・)。
ここまでやれれば立派というべきか。

しか〜し、愛されてるキャラで野心を覆い隠すより、この方が正直かも(笑)。
女性の野心は、かつて裏の世界でしか発揮できませんでした。
銀座の大ママとか、ドン金丸信を支えたホステスさん出身の女傑とか。
結局、男性を通してしか実現できなかったのです。
(今でもそういう生き方の人もいますけど)。

そう考えると、上昇志向を隠さず、
みずから表舞台で主役になろうとする女性が増えてきたのは、
いいことかもしれませんね・・・。
少なくとも、カワイイふりをしなくてよくなったのはいいことです。
と同時に、性差よりも生き方という時代になったのだなと、
つくづく感じる今日この頃です。
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by MYP2004 | 2005-09-03 22:02 | リビングから見た社会

小泉首相に「逆刺客」、イラク戦争批判の天木直人氏が出馬

イラク戦争を批判して外務省を解雇された元レバノン大使の天木直人氏が、
小泉首相の選挙区である神奈川11区から出馬します。
他に立候補を表明しているのは、民主党と共産党の候補です。

現在の状況では自民党が圧倒的に強いようで、首相の優位は揺るぎません。
しかし、首相自身に「逆刺客」が送られたとなれば、
メディアも取り上げて話題になるかもしれません。

ご存知のように小泉首相の選挙区は、
祖父・父から引き継いだ海軍基地の横須賀(と三浦)です。
有権者40万のうち、半数強が投票し、彼の得票は17万、
共産と民主をあわせても5−6万程度と聞きました。
実際、神奈川11区は天木氏が立つまで無風状態で、
小泉首相は安心して全国に応援演説に行けるはずでした。

しかし、自衛隊派遣をはじめとする外交問題がクローズ・アップされれば、
郵政民営化一本に歪められている選挙戦の様相が、少し変わるかもしれません。
まぁ、メディアの取り上げ方にもよりますが。

意図的に他の問題を隠蔽し、郵政民営化に賛成か反対かのみに争点を絞り、
有権者に考える余地を与えずに二者択一を迫る異常な選挙。
国民も馬鹿にされたものです。
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by MYP2004 | 2005-08-27 22:28 | リビングから見た社会

愛する者のために戦う?!

最近、巷に奇怪なワンレーズ(句)があふれています。
「愛する者を守るために戦う」というのがそれです。

そもそもワンフレーズというものは、内容がどうであれ怪しいものです。
現実は決して、ワンフレーズなどでは語れないものですからね。
ワンフレーズにまとめたとたん、現実はありのままには見えなくなってしまいます。
一つの句だけで現実を解釈しようとするのは大変に危険です。

最近の顕著な例では、「テロに屈しない」というものがあります。
NYで同時多発テロが起きて4ヶ月後、2002年1月の一般教書演説で、
ブッシュ大頭領はこう言いました。
「世界はテロリストの側につくか我々の側につくか、二つに一つだ」。

おお、何と狡猾なのでしょう。
多様な選択肢を無視し、強引な二元論を持ち込むことによって対話の道を閉ざし、
議論も疑問も封じ込めてしまったのです。
そして、少なからぬ人々が二元論の罠にはまっていきました。

「テロに屈しない」というワンフレーズは、この強引な二元論を背景にしています。
その結果、世界は大混乱に陥りました。
にも関わらず、このワンフレーズを掲げる人たちはそれに気づいていないようです。
正確に言えば、現実認識が狂っているのです。

ワンフレーズは、複雑な現実を乱暴に単純化し、
見たくないものは見えないようにする仕掛け。
「現実がよくわからない」「難しいことは考えたくない」「誰かに考えてもらいたい」というニーズを満たしてくれるので、時代を超えて、いつも人気があります。
今の日本で言うと、「痛みなくして改革なし」「郵政民営化は改革の本丸」な〜んていうのもそうですね。

さて、「愛する者を守るために戦う」。
もともと、自己の存在に意味付けが必要な男性は、このフレーズが好きだし、
そういう男性に守ってもらうことが幸せだと信じて疑わない女性もいるわけで、
このフレーズには双方の思い込みや願望、妄想が渦巻いています。
だから、家や車のCMには付きものなのでしょう。

そのレベルならまぁ御愛嬌とも言えるのですが、
これが戦争映画や戦争そのものに使われるようになると、要注意です。
よく考えてみてください。
論理的におかしいじゃないですか。

愛する者を守りたかったら、戦争など起こさないように努力するのが一番でしょう?
戦争になったら、死んで家族を悲しませ、守る事もできなくなるかもしれません。
自分がいない間に家族が死ぬかもしれません。
そして悲しみはずっと続き、癒される事はありません。
下手をすると、憎しみの連鎖を生みます。

御巣鷹山の日航機事故で愛する人を無くした遺族の方々は、
20年後の今も、癒えない傷を抱いて生きています。
事故で亡くしてもこうなのですですから。
戦争で亡くしたらどういう気持ちになるでしょう。
戦争をして家族を守るなんて、しょせん無理なんですよ。

それに、相手にも愛する家族がいるのです。
私たちと同じように遊園地に行ったり、給料が出たら喜んだり、
お誕生日を祝ったり、子供が生まれて感動したりしている家族が。
そういう現実を見えないようにする仕掛けが、このワンフレーズです。

体制の担い手は、時に狂う事があります。
戦争はその最たるもの。
国民を犠牲にして力を誇示するだけです。

そもそも戦争をしようと考える時点で、国民のことなんか考えていませんから。
間違っても、そういう政治家を「頼もしい」「毅然としている」などと勘違いし、
利用されたりしないように気をつけましょう。
「愛する者を守るために戦え」というのは騙し文句ですからね。

また私たち市民も、勘違いヒロイズムの罠にはまらないようにしたいものです。
そのためにも、「戦って何かを守らなくては存在意義を実感できない」という、
伝統的な男らしさがはらむ矛盾を解明しましょう。
                                                                     by G2
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by MYP2004 | 2005-08-21 14:12 | リビングから見た社会

「亡国のイージス」人気がもたらす亡国

最近、三人の知人から「亡国のイ−ジスを観にいきませんか」と誘われました。いずれも、ていねいにお断りしました。

この映画の予告篇は、もう数ケ月前から映画館で繰り返し観ています。その度に苦笑を禁じ得ませんでした。特に中井貴一が「よく見ろニッポン人、これが戦争だ」と言う場面では、毎回吹き出してしまうのですよ。しかも最後に「協力/防衛庁・海上自衛隊・航空自衛隊」と出る。「ああ、時流?に乗ってつくったんだな。制作費も抑えられるしね」と思うわけです。

一体何なんでしょうね、この「時流」は。自衛隊がブーム? それとも国防ロマンがはやり? 「ローレライ」「戦国自衛隊1549」「亡国のイージス」、さらに「男たちの大和」と続くらしい。いい加減にしてもらいたいものです。

先日は「報道ステーション」に長渕剛が出て、映画セットの前で「男たちの大和」の主題歌を歌ったのですが、

http://blog.goo.ne.jp/tbinterface.phpf6818ffe3a13ae0bec246a47854e908c/09

「ここで感じるのは、郷土や親に対する愛だ」とか何とか、意味不明の事を言っていた。典型的な勘違いです。戦艦「大和」で無惨に散った若者たちは、無謀な戦争に駆り出されただけ。これが歴史の事実であり、愛とは関係ありません。まぁ、長渕剛に言っても仕方ありませんが。

日本は今、集団勘違い症候群にかかっています。まず、体制を担っている人間たちの勘違い。「日本の国際的プレゼンスが薄いのは、つまり大国として今一つパッとしないのは憲法9条のせい」。「武力行使できる普通の国になれば、もっと存在感が高まる」という勘違い。

かくして、政治大国を目指してさんざんお金をばらまき、イラクに莫大なお金をかけて自衛隊を派遣したのに、国連常任安保理事国入りは頓挫。問題は外交力にあることは明白です。

一方、国家体制と自分を一体化し、国家体制と国民社会(同じ地域に住んでいるという仲間意識)とを混同して、韓国や中国を「反日的」として敵視。「外交とは近隣諸国との共存だ」という常識すら見失っている国民。いやはや・・・。もう国に振り回される時代じゃないでしょ。物事は個人レベルで冷静に考えましょう。中国や韓国に対抗意識を燃やすなんて幼稚! もっと大人の余裕を持たなくてはね。

「亡国に至るを知らざれば、すなわち亡国」。これは人権の概念すらなかった富国強兵政策下の明治時代、一身を賭して足尾銅山の環境問題に取り組んだ田中正造の言葉です。その後の日本の近代史は、まさにこの言葉の通りになりました。

政治的経済的にちょっと行き詰まると、すぐに鬱屈して排他的になる。この閉鎖的な国民性が心配です。過去を振り返ってみても、排他的になっていた時には何もいいことはありませんでした。今こそ過去に学びたいものです。

日本は「特別な国」として独自の道を行くのが絶対に有利。これこそ、アジアや世界で存在感を示すために最も効果的で現実的な道です。21世紀の大国はソフトパワーで勝負です。「毅然として」「強硬姿勢を示す」しか能がないなんて、政治家失格です。

日本の平和主義はアジアの共有財産。中国が軍備を増強して覇権主義に走れば走るほど、日本の平和主義が輝きを増すはずです。人と同じ事をしなければ不安になるのを「横並び意識」と言います。それで日本のパワーの源泉を捨てるほど、私たちは愚かではないと信じたいのですが。
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by MYP2004 | 2005-08-13 16:53 | リビングから見た社会

ロンドン警察、無関係なブラジル青年を誤認射殺

ロンドンで、テロとは無関係なブラジル人青年が誤認射殺されてしまいました。
その青年は制止を振り切って地下鉄に乗り込んだために、
至近距離から5発撃ち込まれました。
ジーンズ姿の私服警官に追いかけられて、
パニックになったのではないかと言われていましたが、
実は不法滞在だったらしいですね。
そんなことではないかと思っていたのですが。
大変な悲劇で声もありません。

この事について、みのもんたがテレビで「射殺は当然」だと言ったそうです。
そう考える人も多いでしょう。
イギリスでもそうらしいです。
下手に「人権」などと言ったら「テロに屈するのか」と言われる御時世ですから。

多くの人は恐らく、無意識のうちにこう考えているのだと思います。
「自分と家族を守るためには、多少の犠牲は仕方がない」と。
そこには、「自分は安全圏にいる」という前提があります。
果たしてそうでしょうか。

イギリスでそう考えているのは主に白人だと思います。
誤って射殺された青年は当初、南アジア系と報道されていました。
実際にはブラジル人だった。
つまり、白人には区別がつかなかったわけです。
色が浅黒いだけで容疑者になってしまう。
テロを恐れていた青年が射殺されるという悲劇は、こういう状況の中で起きました。
イギリス在住の非白人にとっては他人事ではないわけですね。

では、イスラム教徒に間違えられる心配のない白人は本当に安全圏にいるのか。
問題はここです。
ブレア警視総監は「射殺方針は変えない」と言いました。
「疑わしきは罰する」
これは、長い時間をかけ多くの犠牲を払って築いてきた、
近代社会の大原則を否定するものです。
絶句して当然の大問題です。
それを当たり前のように言うなんて、
いくら何も考えていないと言っても軽卒過ぎますよ。

自分は安全圏にいると思って言いたい放題言っていると、
回りまわって自分に還ってきます。
自由や人権は少数者から奪われていきます。
それはやがて社会全体に広がるというのが、歴史の教訓です。

それにしても、大義なきイラク戦争のもたらす惨禍は止まるところを知りません。
この事態を招いたのはイラク戦争の容認です。
私たち日本人は、もう一度ここから考えるべきでしょう。


 
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by MYP2004 | 2005-07-26 22:40 | リビングから見た社会

「ヒットラー 最期の12日間」

ドイツが戦後初めて正面からヒットラ−を描いたとして、欧米で大評判になった映画。渋谷のシネマライズで観ました。

ディテ−ルの積み重ねで「妄想の帝国」が崩壊していく様子を描き、ヒットラ−のみならず、周囲の人間たちの狂気と錯乱をもあぶり出してみせます。ヒットラーの周囲には知的な人間も少なくなかったという、意外な事実もよくわかります。

最大の悪役を等身大に描くことで、ヒットラ−と私たちとをつなぐ回路を示し、悪の権化として思考対象からはずされてきた問題を、今一度俎上に乗せることに成功しています。つまりヒットラ−は人間の姿をしたモンスタ−なのではなく、人間そのものであり、私たちもああなりうる可能性があるということですね。

しかも、私たちはこのような狂気を、現在もなお目の当たりにしています。ボスニアやルワンダで行われた民族浄化は、悪夢がまだ続いている現実を明らかにしました。ヒットラーのような人間は、条件さえ揃えばいつでも登場します。ボスニアにもルワンダにも小ヒットラーがいました。そういう意味では、極めて普遍的なテ−マを扱った映画といえるでしょう。

また、多くの人々が妄想の帝国を率いる絶対者を支持したことは、現代にも通じる社会病理です。最近は、「毅然とした姿勢で」強硬な発言をする政治家が好まれるようですが、こういうのが危ない。民主主義社会は、柔軟な対話に支えられているのですから。

日本人にとっては、自国の過去を顧みるのに最適の映画。面白いし、必見です。23日からは新宿武蔵野館でも上映されるそうです。

なお、私ごひいきのトーマス・クレッチマンも出ています。「戦場のピアニスト」で、主人公をかくまうドイツ人将校を演じていた俳優。旧東ドイツ出身のイイ男です(笑)。
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by MYP2004 | 2005-07-22 00:17 | リビングから見た社会

朝青龍、琴欧州に負ける

勝ち続けていた朝青龍が負けました。
相手がブルガリア出身の琴欧州だというのがまたすごい。
一時代を築いた若貴兄弟の美談が崩れた後だけに、印象的です。

観る分には面白く、日本の伝統文化の一つと言われている相撲ですが、
やろうとする日本人は減り続けています。
そこに外国人が参入してきました。
日本人でも忍耐が必要な古い社会ですから、パイオニアの高見山、
今の東関親方の苦労はいかばかりであったかと推察します。

しかし、外国人力士が増えてくると、
横綱審議会委員から苦情が出るようになりました。
「国技である相撲の美意識に合わない」というものです。

では「相撲の美意識とは何か」というと、これが曖昧なんですよねぇ。
具体的には明確に説明できない。
その曖昧なところがまさに日本的と言えましょう。
要は「気に入らない」のではないかと、私は睨んでいますが(笑)

やがて外国人力士から横綱が出るようになり、
現実が美意識を追い越したため?!、そういう声は下火になりました。
今や外国人力士の活躍は、大相撲の特徴の一つとなっています。

外国人力士の出身国も、世界情勢を反映して様変わり。
最近は旧社会主義国家の出身者が頑張っていますね。
琴欧州もその一人です。

「伝統文化の継承に血は関係ない」というのが私の考えです。
ドイツではマイスター制度が衰退してきて、日本の若者が修行しています。
日本旅館の女将になっているアメリカ人もいます。
伝統文化も開かれてこそ、生き延びていくというものです。

伝統文化が同じ血によって連綿と受け継がれてきたということ自体、
実は錯覚ですからね。
文化は本質的に影響を与え合って混ざるものであり、
純潔主義とは相入れません。
万世一系というのは有り得ないのですよ。

伝統は後からつくられるものです。
純血主義は社会を閉じることに通じます。
日本という純粋な国が続いてきたというのも神話です。
多様な血や文化を受け入れる開かれた社会こそが、
これから力を得ていくでしょう。
「日本だけが素晴らしい」「在日コリアンは出ていけ」というような排他的な言動は、
自分で自分の首を絞めるようなものです。

参考図書「伝統とは何か」(大塚英志著、ちくま新書)
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by MYP2004 | 2005-07-18 00:05 | リビングから見た社会

「スターウォーズ エピソード3」

「スターウォーズ エピソード3」を観ました。
自分のことを棚に上げて言うのも何ですが、
中高年がたくさん観に来ているのに驚きました(笑)。

考えたら、一作目の「エピソード4」が公開された時の若者が、
今やその親の世代ですからね。
たくさん観に来ていても不思議ではありません。
高齢の御夫婦もいるし、本当に多様な層の観客を集めていて、
このブランド力は凄いと思いました。

と共に、「Newsweek」にあった記事を思い出しました。
「スターウォーズ」の成功が、ハリウッド映画の幼稚化を招いたという分析です。
そういう面は否めないですよね。
いい大人が、ライフセーバーを使った立ち回りを観ているわけですから。
でも、非常に楽しめる作品になっています。
全作品の中で、これが一番でしょう。
最後に話のつじつまが合ったし(笑)。

来日時のインタビューでルーカス監督は、こう述べていました。
「スターウォーズはダース・ベイダーの悲劇をめぐる物語だ」。
確かに、これは悲劇です。

私あたりは、どうしても世界情勢が重なってしまうんですよ。
優秀なジェダイの騎士であったアナキンが、どうして暗黒面に堕ちたのか。
キーワードは「怒り」と「憎しみ」、そして「力」です。
正義のための戦いが、悪そのものの台頭を許してしまったのです。
これは、正義のための戦争がもたらした悲劇ではないでしょうか。

最後に画面に流れるスタッフの名前や協力企業名を観ていて、
これだけのエンターテイメントを生み出した、ハリウッドの底力を感じました。
お金と人材と技術の力で、世界に君臨するアメリカの映画産業。
唯一の超大国が生み出した当代一流のこの大作は、
力を求める悲劇について描きつつ、その圧倒的な力を世界に見せつけています。
何と皮肉なことか。
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by MYP2004 | 2005-07-14 01:50 | リビングから見た社会