カテゴリ:リビングから見た社会( 41 )

子どもの安全を守るには

子どもが犠牲にまる痛ましい事件が次々に起こり、報道されて、子を持つ親の心配はつのるばかりです。どうしたら子どもの安全を守ることができるか、学校も自治体も国も途方に暮れています。本当にどうしたらいいのでしょうね・・・。

そういうニュースを見る度に、我が家で話題に出る出来事があるのです。今を去る十数年前、長女が小学校低学年の頃のことです。当時、長女は家から電車に乗って一時間半もかかる学校に通っていました。

まだ携帯電話もなかった頃で、登下校中は子どもが公衆電話からかけてこない限り、全く連絡が取れません。帰り道、疲れた子どもが寝過ごして、終点の東京駅まで行ってしまうこともしばしば。それはもう、色々な事がありましたよ。

で、親は最初でこそ心配するのですが、「送り迎え禁止」という学校の方針もあり、数ヶ月もすると慣れてしまって腹が座ります。「なるようになる」と開き直るというか。今思うと、よく平気でいられたと思うほどですが、通学経路に人通りの多いことが、安心材料になっていたような気がします。

実は私自身が、バスに乗って幼稚園に通っていたという過去があるのです(笑)。幼稚園の送迎バスではありません。普通の路線バスです。間違えて違うバスに乗ってしまい、途中で降りて見知らぬ街をさまよい、交番に駆け込んで泣いたこともありました。しかし、やはり「送り迎え厳禁」というのが、その幼稚園の方針だったのです。

今では考えられませんね。そんな方針を掲げたら、生徒が集まらないでしょう。逆に、安全をキャッチフレーズにする学校が出てきています。校門を出た時間をコンピュータで把握、親に連絡するそうです。不安がいかに教育現場を変えるか、よくわかります。今や、「犯罪」と「ゆとり教育」をいかに避けるかが最大の課題になっています。

さて長女の件ですが、乗り換え駅である中野でトイレに入った時のこと。後から入ってきた男性が目の前に来て、いきなりズボンを下ろしたのですよ。訳がわからないでいる長女。そこに(長女いわく)30代ぐらいの女性が入ってきました。その女性はすぐに異変に気づき、「あなたっ、そこで何してるのよっ!」と怒鳴ると、カバンを振り上げて男性を追い出してくれました。

そして長女にこう言ったそうです。「こういう時、黙っていちゃだめよ。『嫌だ』って言って逃げて、大きな声で助けを求めるのよ。わかった?」。長女は訳がわからないまま、その真剣な様子に押されて「うん」と答えたとのこと。

この時の記憶は、成長するにつれて長女の中で鮮明になっていきました。あの時に自分の身に起こったことの意味が、後になるほどよくわかってきて、「本当に危なかった」と繰り返し言っています。「あの時に女性が助けてくれなかったら、あの出来事はトラウマになって残っただろう」と。どこのどなたかわかりませんが、本当に感謝しています(涙)。

成人した長女は、子どもが犠牲になった事件が起こる度にあの事を思い出し、自分にこう問いかけるのだそうです。「ああいう場に出くわした時、私はあの女性のような適切な行動が取れるだろうか」。そして「いや、ああいう行動が取れるように、日頃から心がけなければならない」と誓うとか。

実際、私たちは子どもに限らず、危機的な状況に対してとっさに行動できなくなっています。電車の中での喧嘩、駅のホームでの殴り合い、路上での集団暴行。それらを遠巻きに見ている人の、何と多いことか。どうしてこんなに体が動かないのでしょう。監視カメラの性能がいくら向上しても、人間の代わりにはなりません。

異変に対応できる感受性と行動こそ、犯罪防止の最大の力です。テロ対策も同じです。テクノロジーや監視システムは、しょせん次善の手段ですから。過剰な期待は禁物です。難しい課題ですが、犯罪を生まない社会へ、ここは人間力の開発を考えようではありませんか。 
                            by G2
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by MYP2004 | 2005-12-05 22:29 | リビングから見た社会

靖国神社参拝強行と女性・女系天皇反対に見る、「唯一無二の美しい日本」

皇室典範改正をめぐる混乱が、靖国神社参拝をめぐるそれと似てきているようです。

靖国問題について言えば、かつて軍国主義のシンボルであったという「常識」を、「小さな島国が欧米列強に脅かされながら、みんなで団結して頑張ってきた」という、遅れてきた近代化のナショナリズムが押しのけている状況です。

一方、皇室典範改正問題では、「万世一系」という建国神話が歴史的事実を覆い隠し、それに少なからぬ人々が寄りかかろうとしているように見えます。天皇制の歴史的経緯についてよく知らなかった人が、初めて男系の意味を知り、それに共感を寄せていくところが靖国問題にそっくり。

両者に共通しているのは、他の国とは違う「唯一無二の美しい日本」を志向しているところ。そして、それに自分を無意識のうちに重ね合わせていくところかな。

靖国神社は、「国のためにみずから進んで命を落とした人を祀る神社」ではなく、「国民を騙して、有無を言わせず戦争に駆りたてた軍国主義のシンボル」。つまり、戦争遂行の精神的支柱だったわけです。これが議論の余地のない歴史的事実であり、戦争体験世代ならみんな知っていることです。

でも、こういう歴史的事実を共有していないと、「国のために命を捧げた人に感謝するのは当然」という俗論に引っかかりやすい。そもそも、恣意的な論理の積み重ねで歴史的事実を葬り去るのは簡単なことなのです。アポロ11号の月面着陸も南京虐殺も、ユダヤ人虐殺もなかったことにできますよ、「事実そのものを疑う」きっかけさえつくれば。

天皇制は明治以前、しばしば政治的陰謀を巻き起こしながら、形式的には存続してきたというのが歴史的事実。ほとんど忘れられていたような時期もあったし、「万世一系」などという大層なものじゃなかった。これ、日本史で勉強しましたよね。それなのに、「「純粋な血によって連綿と受け継がれてきた美しい日本」の物語が、なぜ今「再発見」されなければならないのか。

国民国家形成時に、欧米列強と肩を並べるために創られた物語が、なぜ今必要とされるのでしょう。女性・女系天皇を認めることで、何が失われると恐れているのか。本来、「日本とは何か」という絶対の答はないはずなのに。国というものは常に変化し続けているのですから。アメリカもフランスも同じです。

それにしても、こういう「日本とは何か」という問い方の、何とも脆く狭いことか。国のアイデンテティーは過去に退くのではなく、未来志向で考えたいものです。イスラムとの共存に悩むEUは、もっと真摯で現実的な知的問いかけを行っていますね。

例えばブラウン財務相は、イギリス人であることをこう定義しています。「寛容と自由を信じること、市民の義務を負うこと、フェアプレ−精神があること、新しいものを受け入れること」。一方我が国では、靖国神社参拝の強行と女性・女系天皇の拒否に、それを求めている。あまりと言えばあまりではないでしょうか。 by G2
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by MYP2004 | 2005-11-28 21:03 | リビングから見た社会

「萌える男」 恋愛ニートが告発する日本社会の現状

話題のちくま新書「萌える男」(本田透著)を読みました。いやぁ面白かった。最近読んだ本の中でも出色の面白さでした。何より感心したのは、今の日本社会の在り方に対するユニークな批判になっていることです。これは優れた社会批評です。これぞ「思想」というべきでは。

著者の主張はこうです。「萌えとは、市場原理に支配されてゲーム化した恋愛→恋愛資本主義の忌避である」。そして、「眼前の現実だけが全てだとして、その中で生きる事を強要する一元的世界観に抵抗する、新しい社会運動なのである」。いやぁ、そういう展開になるとは思いませんでした。

著者によると、バブルの80年代に、恋愛は市場経済原理に取り込まれてゲームとなり、純愛と性的関係は分離。風俗がお手軽なものとなりました。それまで男性の論理で行なわれていた性の商品化は、その気になれば女性の側から、お小遣い稼ぎレベルでできるものになったのです。

1969年を境に崩壊していった学生運動(70年安保闘争→全共闘運動)は、吉本隆明(ばななの父親)の言う「共同幻想」を崩壊させ、その後に「神田川」のような純愛ブームが訪れます。「共同幻想」に夢を持てなくなって、「対幻想」にすがりついたわけですよ。その「対幻想」を壊したのが恋愛のゲーム化、つまり恋愛資本主義です。

そこでは、性的関係にたどりつくための手練手管がもてはやされ、男はナンパに励みました。女性の中には、みずからの商品価値を最大限に利用する人も現れたのです。ちなみに私は、今や普通になった肌見せファッションは、この頃に始まったと思っています。

また、女子高校生の驚くべきミニスカート仕様のルーツもこのあたり。あれは、女子高生が高い性的価値を持っていることを、みずから自覚して取り込んだものであり、それが無意識レベルにまで浸透して定着したものです。

このような恋愛マーケットでいい思いができたのは、いわゆる「三高」男です。現実には残酷なほどの二極化が進んでいきました。そうした恋愛ゲームに加わることを最初から拒否した「恋愛ニート」。それが萌える男たちだったわけです。

著者は、萌える男がモテないオタクとして差別されているのはおかしいと主張、「萌えない男」の悪しき典型として、強姦サークル「スーパーフリー」の主宰者・和田真一郎を挙げています。想像力を欠いた精力が強いだけの男。このあたりの論の展開は非常に面白いです。

しかし、出色なのは日本社会の現状を批判した最後のところです。この世界はただ一つの現実のみで構成されており、観念の世界は全て妄想であり虚妄に過ぎないという一元論。この思考に陥ると、観念(二次元)で暖めたアイディアを現実(三次元)にフィードバックするという循環が止まってしまう。つまり「思考停止」状態になる。そして思考停止したシステムは、現システムを維持するためだけに動き続けることになるのである・・・。なるほどねぇ。

とにかく読んでみてください。目から鱗が落ちること請け合いです。「電車男」批判もあります。全く違う見方や「自己弁護だ」という批判も当然あるでしょうが、私はこのユニークなアプローチと社会性を評価します。少なくとも、見下して笑っている自称・モテ男より共感できます。 by G2
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by MYP2004 | 2005-11-22 22:25 | リビングから見た社会

町田女子高生刺殺事件で、男子高生を逮捕:ボーイズラブの悲惨な結末

東京都町田市で女子高校生が刺殺された事件で、同じ学校に通う男子生徒が逮捕されました。逃げる女子高生を30分に渡って追いかけ、執拗に刺し続けた残忍な犯行は、汗を流しながら山登りに励む、無遅効無欠席の真面目な男子高校生によるものだったわけです。

校長を始め学校関係者や近所の人は、「あんな真面目そうな子が」と驚きの声を上げていますが、大人の目は節穴。真面目な男子高校生だからこそ、こういう犯行に及んでしまったのではないでしょうか。不器用で、好きな女の子に気軽に声をかけることもできない思春期の男の子が、思い詰めた結果の痛ましい事件という気がします。

被害者の女子高生とは幼なじみだったそうですね。「高校に入ってから急に冷たくなった」と言っているそうですが、彼の存在が、このかわいい女子高生の眼中になかったことは明らか。話題にも出なかったというし、二人が話しているところを見たこともないと、同級生らは話しています。

大学生の娘たちはこう言っています。「朝会ったら『おはよう』と言ったり、話しかけられたら返事をするぐらいの関係だったのではないか」と。しかし高校生にもなれば世界が広がるし、家が近いくて小さい頃から知っているというだけでは、相手にはしなくなります。

特に、女の子はそういうところがはっきりしていますから。男の子が持つ、異性に対するコミュニケーション能力の差によって、立ち位置の違いが残酷なまでに明らかになってくるのです。ごく一部の男の子が妄想の世界に入ってしまうのは、このためではないでしょうか。この少年はついに、少女から「話しかけないで」と言われていまったんですね。

改めて、女性・女系天皇に反対している、「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーでもある八木秀次・高崎経済大学助教授に対する怒りが込み上げてきます。八木助教授が女性・女系天皇に反対している理由の一つは、「ボーイズラブ文化が失われる」というものです。

つまり、「女性・女系天皇は女をリアルな現実にしてしまい、男の妄想が存在しえなくなる」んだそうな。アホらし。女性に対する一方的な思い入れが、時としてこんな悲惨な結果を生んでしまうことを、どう説明するのか。両性間のコミュニケーションを促すことこそ、このような事件を起こさないための予防策になるかもしれないのに。

それにしても、女子高生の遺体を発見したのが、徹夜勤務から戻ったトラック運転手の母親だったことに、社会の一断面が表れていますね。それと、私が読んだ新聞記事には「この男子高生はコンピューター関係の仕事に就くことを希望していた」とありましたが、偏見を招きかねない記述だと思います。  by G2
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by MYP2004 | 2005-11-12 22:28 | リビングから見た社会

女性天皇に反対論?! 愛子ちゃんは天皇になれるか

皇室に男の子が全く生まれないという現実を前に、8割にのぼる国民の容認を背景にして、一気に皇室典範を改正しようとしていた政府。しかし、そう簡単にはいかないかもしれません。

一部の学者と国会議員から反対の声が上がったのです。わざわざ会までつくって反対しています。さらに三笠宮も異論を述べました。皇族がこういう発言をするのは異例のこと。果たして許されるのか。皇族って、受け身でいるべきなんじゃないの? それが象徴天皇制というものでしょう。

さて、その反対している学者や国会議員たちですが、まぁいつものメンバーです。例えば学者たちの中心になっている一人は、八木秀次・高崎経済大学助教授。面白いほどの時代錯誤発言を繰り返している人です。ここまでキワモノ的になると、社会的影響力もないでしょう。

で、若干の違いはあるものの、女性天皇反対論者はほぼ同じ。「昔から延々と続いてきた我が国固有の伝統である天皇制の在り方を、拙速な議論で変えていいものか」。この主張は捏造と事実誤認に基づいたものですが、あまりにわかりやすい話なので、敢えて触れません。

面白いのは、こういう主張が国民の実感とズレていることです。「別に変えたっていいじゃない」というのが大勢なのですから。一部の議員が今さら、「男女の特性を見失ってはいけない」と声高に叫んでいるのに似ていますね。

必死で守らなければならない「伝統」は、既に力を失っているわけで。つまり、こういう主張は今や一種のサブ・カルチャー。「女性と女系は違う」という主張にしても、特別に血統にこだわる人以外から見れば大差ないし。そもそも、「純粋な血」というものは有り得ないのです。

それなのに、主張を恐れて何でも両論併記のマスコミは、この意見を大々的に取り上げています。朝日なんか参考資料として天皇の系図を載せて、初代を神武天皇にしてる。万世一系は近代になってつくられた神話でしょうが。

もう一点、反対派議員たちはこう言っています。「皇室典範改正に関する有識者会議に、皇室に関する専門家がいない」。これには笑えました。皇室問題の専門家ってなに? 美智子皇后の取材を続けて三十年、ついに皇室ファッションになってしまった元TBSプロデューサーの渡辺みどりさん?(まさかね) 

こういうことは市民の常識で充分でしょう。下手に専門家なんか入れると、おかしなことになりますよ。ただ、首相の私的諮問機関に過ぎない有識者会議を、「初めに結論ありきだ」とする批判は当たっていますね。法的拘束力のない私的諮問機関の政治利用が、今まで許されてきた方がどうかしていたわけで。これを機に止めさせなければ。  by G2
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by MYP2004 | 2005-11-09 20:53 | リビングから見た社会

小泉イブニングドレス内閣とアジア外交のゆくえ

第三次小泉内閣が発足しました。今回の(ワイドショー的)最大の見物は、宮中での認証式と首相官邸での記者会見における女性閣僚の、特に小泉チルドレンから初入閣となった猪口邦子少子化・男女共同参画担当大臣のイブニングドレス姿でした。

鈍い光沢を放つ、ちょうちん袖のその青いロングドレスを見た時、私は衝撃で青くなってしまいました。イメルダ・マルコス元フィリッピン大統領夫人を思い出させるあのドレス、国益を損なっていません? この写真、まさか海外に配信されていませんよね。女性閣僚がああいうドレスを来て記念撮影をする国って、他にあるのでしょうか。

王室のある国ならこういう習慣もあるのかもしれませんが、限度があるでしょう。マリー・アントワネットじゃあるまいし。子どもの頃からの記憶をたどってみたのですが、そもそも女性閣僚自体が少なかったこともあり、こういう派手なドレスを見た記憶はないです、私。もしかしたら、日本では着物だったのかもしれませんが。

私の曖昧な記憶によれば、こういう場違いなドレス姿が出現したのは扇千景参議院議長が入閣した時からです。まぁ、あの人は元タカラジェンヌですから。仕方がないかなと思っていたのですが、こういう形で後継者が現れるとは。

しかも男女共同参画担当大臣ですからね・・・。まずみずからのジェンダーを乗り越えて、大臣にふさわしい成熟したファッションに脱皮してもらいたいものです。それから、二言目には「夫、夫」というのもやめないと。とにかく頑張ってください。男女平等は今、正念場ですから。

さて、その改造内閣ですが、最も驚いたのは麻生太郎の外相就任。品性のなさと歴史感覚の欠如には定評のある人間ですから。もはやアジア外交は放棄か。首相、官房長官、外相の三人が揃って靖国神社参拝という、世も末の光景が目に浮かびます。

ただ、うがった見方をすれば官房長官や外相は持論が言いにくい立場ですから。外交的影響を考えない強硬発言をノーテンキに繰り返していれば墓穴を掘る可能性もあるわけで、放言ばかりしているのは政治家失格だと、国民が気付けばいいのですが。無理か。  by G2
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by MYP2004 | 2005-11-02 21:43 | リビングから見た社会

「筑紫哲也のNEWS23」と「報道ステーション」に見る、テレビ報道の危機

私は最近、テレビのニュースが見られなくなってしまいました。少し前までは、「筑紫哲也のNEWS23」か「報道ステーション」は必ず見ていたのですが。

先に見なくなったのは「NEWS23」の方です。何よりもまず、ゲストにも筑紫哲也のコメントにも、「新鮮さがない」と感じるようになったんですよ。そのうち、「新鮮さがないのではなく、発想が硬直しているのではないか」と思うようになりました。この事実を直視するのはちょっと辛かった。

筑紫哲也はスターです。私が大学生の頃、彼は40代の現役で、ジャーナリストを目指す大学生の憧れでした。テレビのキャスターに転じてからも、その鋭い切り口で社会を見方を示してくれる、頼りになる存在でした。それがここ数年、少し古く感じられるようになってきて・・・。年齢もあると思いますが、問題は恐らくイデオロギー性です。視点はいいのに惜しいなァ。

それで、「報道ステーション」の方をよく観るようになりました。私は「ニュースステーション」の頃から、「社会と生活とをつなぐ」というこの番組のスタンスを支持してきました。後継者が古舘伊知郎というのも、これ以上はない人選だったと思うし。

それが最近は、観ていて違和感があるのです。いつ頃からこうなったか考えてみたのですが、恐らく解散を受けての衆議院選挙のあたりから。古舘のコメントが両論併記的になったというか、私にとって聞くに堪えないものになってきた。より正確に言えば、何かに気を遣っているような言い方になってきたように思えるのです。

生放送で体制批判的なことが言いにくい、何か大きな力が働くようになったのだと思います。9.11同時多発テロ後のアメリカで起きたメディアへの圧力が、いよいよ日本でもあらがえない力になってきたという実感があります。古舘はいつまで踏みとどまれるでしょうか。

一方で、筑紫哲也のような大御所が力を失ってきている。彼が引退したら、報道のTBSの看板を誰が引き継ぐのか。テレビ報道は今や、危機に瀕しています。もともとテレビは規制がかけやすいメディアです。また、政治的プロパガンダの道具にもされやすいし、小数意見が反映されません。

こうなると、色々あってもやはり、ネットジャーナリズムを育てていくしかありませんね。ネットの世界はテレビより自由で、関わり方が能動的ですから。それに何より、イデオロギーではなく個人を拠り所とする批判が成り立つんですよね。今の時代はそれが大事です。同じ理由から、IT企業がテレビとの連携を求めることには少し懸念があります。    by G2
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by MYP2004 | 2005-10-25 19:16 | リビングから見た社会

野田聖子の郵政民営化法案賛成表明は、自民党への片思い

予想通り・・・というか、本人も示唆していた通り、野田聖子衆議院議員が郵政法案賛成を表明しました。それを世論に向けてどう説明するのかが焦点でしたが、何と「民営化賛成が国民の声。民営化反対は理論としては完敗したと認める」と言ったのです。皆さん、どう思いますか。

野田議員は、世代を超えた女性議員の一番手。マスコミの取り上げ方もあって、支持政党に関係なく、誰からもあまり反感を持たれませんでした。本当は、祖父から地盤・看板・カバンを受け継いだ世襲議員ですが、押しが強い感じがしないのと親しみやすい容姿に助けられ、いつのまにかいいポジションにたどり着いていたわけです。

年下の夫を引っぱる形で(ここがポイント)、「仕事も家庭も」という時代に合った生き方をしていることも、好感度UPにつながっていました(今までは)。

そんな彼女にとって、今回の郵政問題は難問だった。でも「生まれた時から自民党。私には自民党しかない」と涙ながらに述べた彼女が、復党を願っているのは誰の目にも明らかでした。そしてまた、小泉首相も別の理由から、許すことを考えていたのでは。それにしても、女性をうまく使う男です。

何人かの人が指摘していることですが、実は小泉首相と安倍幹事長代理はあまりウマが合わないらしい。私も最近、そう思うようになりました。安倍後継は、首相にとって望ましい形ではないわけです。

こだわりの強い一匹オオカミ的体質の小泉首相には、野田議員のようなタイプが好都合なのでしょう。側近にすればうまく使えそうだし。ブログ「世に倦む日日」では、「郵政大臣にして郵政民営化をやらせるだろう」とまで予想しているんですよっ!

恐らく今回の政治的決断には、首相の後押しもあったのでしょう。野田議員の側としても、選挙結果などから見て、一時的に批判を浴びたとしてもかわせると踏んだと思われます。

でも私としては、「な〜んだ、しょせん体制に擦り寄る古いタイプの人だったのね」というのが、正直な感想。田中眞紀子元外相のように、言いたいことを言う人の方が面白かったのに、最近は女性もみんな優等生になってしまった。ああしないと政治家として大成しない、つまり権力には近づけないということかな。結局、田中元外相は駆逐されたし。

それにしても、「理論としては完敗と認める」と言うとは・・・。いくら政治的判断にしても、ここまで言う必要があったのか。私は今後、野田議員の顔をテレビで見る度に、この言葉を思い出すでしょう。   
 by G2

付記:一晩たって、あちこちのブログを覗いてみたのですが、この人、時代を読み違えたと思う。一気に評判が下がっていますね。「自民党に嫌われたら生きていけない」と思ったのかもしれませんが、今は党より国民の方を向くべきなのです。闘う個人には支持が集まるのに。生真面目な伝統的保守主義が裏目に出た感じです。加藤紘一の二の舞になるかもしれません。

片山さつき議員や佐藤ゆかり議員は、自民党を利用しているだけです。しかも、首相がぶっ壊すと言っている党ですよ。野田聖子議員の擦り寄りぶりは、片思いのようにしか見えません。
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by MYP2004 | 2005-10-10 01:45 | リビングから見た社会

憎めない杉村太蔵VS憎まれ役の片山さつき

しつこくこのネタを引っぱってしまいますが・・・
日曜の夜10時からフジテレビ系列で、「スタメン」という新番組が始まりました。9月までは「EZTV」という情報番組だったのですが、それがリニューアル? 爆笑問題をメーン司会に据えた、よりバラエティー色の強いものになりました。

そして取り上げていたのが、お騒がせ杉村太蔵議員。舞い上がって言いたい放題だったのが、お偉いさんに怒られて一転、神妙な面持ちでの反省記者会見をしましたね。この話題で、前原民主党代表の質問デビューがすっかりかすんでしまったわけですが。

ご存知のように、その記者会見でけっこう笑いを取った杉村議員が、番組の中で高く評価されていたんですよ。「意外に頭がいいかもしれない」とか何とか。

小学校時代の担任や友人たちも出てきて、「熱いヤツだった」と述べていた。要するに、体育会系の元気なお兄さんらしい。憎めないヤツということですね。

一方、憎まれ役として一気に台頭してきたのが片山さつき議員。週刊誌では既に、「だからあなたは嫌われる」という大見出しが踊っています。ひとことで言えば愛想が悪い。

当選したとたんに笑わなくなりましたからね。傲慢なエリート根性剥き出しということでしょうか。80年代を引きずっている髪型も、さんざん叩かれています。

しか〜し、敢えて言いたい。好感は持てないけれど、片山さつき議員には実力があります。財務省主計官として防衛庁と渡り合い、納税者の視点を貫いてきた力は、評価すべきではないでしょうか。そこは冷静に見ないと。

にも関わらず、バラエティー政治は逆の評価をしている。キャラが正反対だからです。今や、時代はキャラ至上主義! キャラが全て! つまり、「キャラがキャリアを吹き飛ばしている」わけです。これでいいのか、日本人!

そう言えば、その番組でコメンテーターをしていた阿川佐和子さん、何をしてきた人かしら。作家のお嬢さんということでテレビに出るようになり、いつの間にかエッセイストになっていて、歴史教育の見直しを主張しているようだけど、この人のどこに見識が? 何をしても構わないけれど、歴史教育に口を出すのは無理でしょう。

いつの間にか識者のようになっている人って、いますよね。最近では三洋電機のCEOになった野中ともよさん。キャスターをしていて、いつの間にかニッポン放送の社外取締役になっていた。それが、今度はいきなりCEOに。「女性の元気な感性を生かして欲しい」と就任を要請され、落下傘で舞い降りてきて「私が一番驚いています」と驚愕のコメント。

これじゃ、社内でコツコツと頑張ってきた人はやる気をなくすでしょう。その上、1万人の大リストラを発表されるのですから、たまったものではありません。三洋もおしまいか。

その人が何をしてきたのか、キャリアを見て検証しましょう。タレントならキャラや雰囲気でもいけますが、政治家は違います。杉村議員に関して言えば、バイトや派遣社員としてのキャリアなら買えないこともない。それを彼がどう生かすか、これからが正念場。
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by MYP2004 | 2005-10-03 17:50 | リビングから見た社会

自民党新人議員たちの大はしゃぎ

早いもので、衆議院選挙が終わって半月が過ぎました。「圧勝」した、話題の自民党新人議員は大はしゃぎです・・・と書けば、「料亭に行きたい!」「年収2500万!」「グリーン車乗り放題!」発言で武部幹事長から叱られた、あの26歳・杉村太蔵議員のことだと思うでしょう。

いえ、あれは誰が見てもただのお子ちゃま、勘違いだから腹も立ちません。「料理も政治も同じ」のカリスマ主婦出身、藤野真紀子議員には何も期待していないし、節操も思想もない佐藤ゆかり議員にも、今さら何を言ってもね・・・。片山さつき議員が当選したとたんに笑わなくなって、官僚の顔に戻っても驚きません。想定内だから。それなりに実力はありそうだし。

私が一番落胆しているのは、猪口邦子上智大学教授、元国連軍縮大使です。彼女は、あの世代では数少ない女性政治学者であり、その珍しさから、かつて「上智のマドンナ」と言われた人。夫の猪口孝中央大学教授とのおしどりぶりも有名です・・・

というか、インタビューで必ず夫の話をする不思議な人ですが(笑)、それでも双子を生んで頑張っているし、あまり面白くないけれど本も書いているし、同性としてそれなりに応援していたんですよ、私。唯一の被爆国の女性軍縮大使として、国際舞台でも活躍してもらいたいと。

その彼女が選挙に出ました。でも、出馬の弁からして冴えなかった。何を聞かれても、「全て党にお任せしてありますから」だけ。政治学者なのに理念も何も感じられない言動の数々。それだけで失望していたけれど、当選後がもっとひどかった。

初登院にはなぜか夫同伴で、仲睦まじさをアピール。珍しいケースですね。それはいいとして、こう言ったんですよ。「この選挙で感じた民主主義の原点を見つめていきたい」。私は驚いて、椅子からずり落ちそうになってしまいました。

これはひどい! どこに民主主義の原点が?! そんな空虚なことを言ってはいけません。幾ら何でも、政治学者の言う言葉じゃないでしょ? もはや御用学者の域を超え、人間としての良心も感受性も失っています。

小泉首相の所信表明演説を聞いて、「本当に感動しました」と言うに至っては、外務大臣の椅子が見えて舞い上がり、理性も知性も捨て去ったとしか思えない。世界に出て行った人が、こんなお粗末なことを言うなんて。

かくして女性政治学者のホープは、権力の甘い蜜に吸い寄せられて、今やほとんど正気を失っています。一応学者であった人が、ここまで俗っぽくなるとは。権力と人間との関係や、政治家という支配階層について考えさせられますね。   by G2
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by MYP2004 | 2005-09-27 21:55 | リビングから見た社会