2006年 03月 25日 ( 1 )

「うどんのつゆ」から「世界の平和」を考える?!

関西人から見て、関東のあのうどんのつゆは、飲めたものじゃない。
「なんや、この真っ黒なつゆは。こんなもん、食べもんとちゃう。」

関東の人から見れば、関西のうどんのつゆは、とても薄いものに感じる。
「なんだよ、こんな薄い色のつゆは。こんなのでよく食べられるね。」

昔、よくこんな会話を、東京出身の友人と大阪出身の友人が交わしていました。

造り方は、どうなんだろう?

Wikipediaの「うどん」の項目によると・・・、

「関東ではそば屋の基本的な調味料である、濃口醤油を煮ながら
 みりんや砂糖を加えてつくるかえしと呼ばれる下地を用いる。
 このかえしを基本に、昆布、鰹節を基本としただしで割って作っており、
 そばつゆに近い。
 一方、関西では昆布、鯖節、鰹節などの複数のだしを基本にしており、
 椎茸や炒り子(イワシの煮干しを炒ったもの)をアクセントとして使う。
 椎茸は甘味、炒り子は辛味が出る。醤油はうすくち醤油を使うことが多い。
 つゆの色は薄く澄んでいる。」

むむ、こうしてみると、つくり方そのものが違うわけだ。
つまり、こうは言えないか。

 『関西と関東のつゆは、もともと違うものだ。』

だから、冒頭の友人同士の会話は、成り立つ余地がない。
だって、違うもの同士を比較し、優劣をつけようとしているのだから。
どっちが優れているか、というものではないわけです。

つまり、友人たちは自分の嗜好を主張し合っているだけなんですね。

そして、ここからが重要なんですが、
自分の持っている価値観で、相手を推し量ろうとしている。

関西人にとって、つゆは色が薄いもの。
だから、関東のあの濃い色のつゆはおかしい。
関東の人から見れば、つゆは濃い口醤油を使うもの。
だから、関西のあのつゆの色は薄すぎる。

これでは、話しになるはずがないですよね。
もともとの土台が違うから。
絶対に一致点はない。


案外、こうしたことって、自分たちの周りに多いんではないでしょうか。

大切なことは、まず、お互いが「違う」ものだという認識を持つこと。
同じ日本人でも、家族兄弟でも、全く別個の人格のはずです。

「あいつのあの態度は許せない」。
そう思うことって、よくありますよね。
そんな時、自分を振り返ってみる。
「自分の狭い了見で、相手を推し量ろうとしていないか」と。
それだけでも、ずいぶん、自分のいる世界が変わるかも。

平和と言っても、こうした身近な所から始まるのではないか。
そんな風にも思いますね。

by兵士シュベイク
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by MYP2004 | 2006-03-25 00:54 | サラリーマンのひとりごと