2006年 01月 27日 ( 1 )

ホリエモンは本当に勝ち組だったか

堀江元社長逮捕をめぐるマスコミのすさまじい報道ぶりを見ていて、私がずっと感じていた違和感の正体がわかりました。それは、「ホリエモンは果たして勝ち組だったか」という疑問です。

階層上昇を遂げて体制入りするには、人間の価値とは無関係に社会的資産が必要です。生まれ、育ち、人脈、学歴、能力、容姿etc・・・。それらに恵まれている人は、スタート地点から優位に立ち、体制の中でぬくぬくと生きていけるのです。

特に大切なのが最初の三つ。しかし、これは本人の生き方や志ではどうにもならないものですから、これで優位に立つのは理不尽だし、こういうものを重視する社会は停滞します。公正な社会とは、こういうもので人生に差がつかないよう、最大限の努力をする社会のことでしょう。

小泉政権では、このような社会的資産に恵まれている人間が大きな顔をしています。苦労知らずの冷酷な人たち。人の話はまともに聞かないし、国会での答弁にも誠意が感じられません。

一方、ホリエモンはどうか。彼は最初の三つにはさほど恵まれていません。彼が獲得したのは学歴です。しかし、学歴だけでは体制に指定席を確保できません。イギリスのパブリックスクールに入った労働者階級の秀才が、どれほど苦労するか。日常のしぐさ、微妙なアクセントの違いを笑われるのです。

日本にはそんな階級はありませんが、楽天・三木谷が大学と興銀時代の人脈にどれほど守られているかを見れば、その差は歴然です。中退で起業して既成の組織に入らず、階層上昇につながる人脈のないホリエモンは、本人のキャラもあって、いつも最後に逆転される運命なのです。

ホリエモンには、日本的なエリートの匂いがありません。ライブドアは寄せ集め集団で、学歴や大学名でつながっていなかったことがわかります。社会的資産の中で唯一手が届いた学歴をテコに、ホリエモンは寄せ集めの仲間と階段を駆け上ろうとしました。同じ動機を共有する宮内元取締役と、二人三脚で。

そんなホリエモンにはいつも、不安定感がつきまとっていました。毛並みの良くない人間は、どこまでいっても成り上がり扱いです。彼にはお金しかありませんでした。東大の佐藤俊樹助教授が、「持たざる者の反乱」「庶民派のダーティーヒーロー」と形容していますが、言い得て妙というべきでしょう。容姿も庶民的です。

「勝ち組になりたい!」と強く思わなければならなかった人なのです。そして、勝ったと思った途端に挫折。「体制の壁は厚いなぁ」というのが私の実感です。最初から勝っている人は、勝とうと思う動機そのものがないですからね。彼の言う「人の心は金で買える」というフレーズは、「人脈などのバックがなくても」という意味だと、私は解釈していました。

庇護者のいない子どもっぽい野心家と寄せ集め集団が、既成の社会秩序にどこまで食い込めるか。これがホリエモン劇場の最大の見物でしたが、結局は法に触れて犯罪者になってしまいました。権力に近づいた甲斐もなかった。ホリエモンに、ある種の爽快感を抱いて期待した人々の心情はどこへ向かうのでしょう。

価値観が多様化する中、ホリエモンの哲学には万人を納得させる深みと普遍性がなく、それが躓きの原因になりました。野心だけで暴走してもうまくいきません。でも、社会的成功のチャンスは誰にでも開かれるべきです。

世襲議員が牛耳るこの国で、いま社会は閉塞感を増すばかり。ここをどう突き抜ければいいのか。生まれついた場所から抜け出したい人間はどうすればいいのか。これが、ライブドア事件が私たちに突きつけた課題です。 by G2
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by MYP2004 | 2006-01-27 09:12 | リビングから見た社会