2006年 01月 21日 ( 1 )

コニカミノルタの敗退

写真業界の雪崩が・・
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今月に入ってすぐ、あのニコンが原則フィルムカメラからの撤退をすると言う報道が成されました。
これは朝日の報道だったわけですが、ニコンはこの報道を否定も肯定もせず、と言うことは、これはその通りなのでしょうが、ちょっとショッキングなニュースでもありました。
ただ、詳しい内容はニコンが発表していない限り良くわからないのが実情ですが、今のところ言われているのが、現在7機種発売しているフィルムカメラを2機種にとどめ、それようのレンズも一部は残すものの全体では縮小させると言うものです。
このうち、製造を続ける1機種は他社で製造し、ニコンのブランドで販売しているOEM製品ですから、実際にニコンが製造を続けるのは1機種と言うことになります。
こうして、フィルムカメラ生産のための手間を縮小させ、デジタルカメラを今後、同社の収益の柱としてそこに経営資源を投入していくわけで、路線的には時代に適合した正しい路線なのかもしれません。

しかも、ニコンの場合はレンズマウントに互換性がありますからデジタル専用に設計された広角系レンズ以外は、ある程度のフィルムカメラにはそのまま使えるため、これまでにユーザーにかける迷惑というものは少ないようにも思います。
(個人的にはもう1機種、中堅クラスのカメラを残して頂かないと、フィルムでしか表現できない微妙なトーンの再現を要する撮影に使えるカメラが、あまりにも高価だと仕事の方向性が狂う・・問題はあるのですが・・)

ところが、先日、コニカミノルタの公式発表はニコンの発表で受けたショックを数倍上回る写真業界の大激変であったのです。
それは、同社が昨年発表していた写真・カメラ部門の縮小をさらに進め、本年3月末までにカメラ部門から撤退、さらに、2007年度までに段階的にフィルム部門、業務用プリンター部門から撤退すると言うとんでもないものでありました。
既に世界4大メーカーと言われたフィルムメーカーのうち、昨年にはアグファが撤退、残る3社のうちでコニカのフィルムが消えるわけで、これで世界の大手フィルム(感材)メーカーはコダック社と富士フィルムの2社になってしまいます。
コニカミノルタの元となったコニカは、小西六写真工業の名で1世紀に渡り日本の写真産業の先頭を切って走っていました。初の国産フィルム、初の国産カメラ、初の自動露出、初のオートフォーカス、初の好感度フィルム、初のモータードライブ内臓カメラ、初のストロボ内蔵カメラ・・・同社の歴史はそのまま写真の進化の歴史だったわけです。
また、感材でも、発色の美しい同社のペーパーの愛好家も多く、業務用としても広く使われていました。
もう1社、コニカミノルタの元になったのが、ミノルタです。
こちらは関西で孤軍奮闘するカメラメーカーとして知られていました。
(関西には別に業務用カメラメーカーの最大手、酒井特殊カメラ・・トヨ・・があります)
ミノルタの商号はミノルタカメラを発明した千代田実氏の名前から来ていることは有名で、氏の自宅から六甲連山が美しく見えることからレンズに「ロッコール」と名づけられたわけです。
ミノルタはニコンがプロ用やハイアマチュア用カメラに絞って進んでいく中、カメラを大衆のものとして広く広げていった功績のある会社で、ミノルタSR-1やSR-101、あるいは日本最初のフル自動露光カメラミノルタXD、そして、写真の歴史を塗り替えた全自動システムαー7000、そう行った名作を次々に世に送り出してきた会社であります。

この2社が合併したのは、ミノルタが全自動一眼レフの先駆をつけながら、デジタル一眼レフ開発に際し、路線を誤り、後発のニコン、キャノンに追いぬかれ、一気に差をつけられたことから業績が悪化、経営体力に余裕のあったコニカに吸収された・・と言うのが真実なわけですが、結果として、フィルム、カメラ双方とも満足に勝負できず、ここで一気に撤退となってしまったわけです。
同じ感材メーカーでも富士フィルムがデジタル化へ積極的に乗りだし、今もある程度の地位を保っているのとは大違いですし、カメラ部門でもニコンやキャノンといった、全自動一眼レフで遥かに差をつけたはずの2社が、今やデジタルカメラでは逆にコニカミノルタの遥か先を走っているのとは大違いな様相です。

永年、この業界にいる僕としては同社の今後を祈らずにはおれませんが、売上の割合が低下しているとはいえ本業たる写真から撤退したコニカミノルタが果たして事務機器や医療機器で立ち直ることが出来るかどうか・・はなはだ疑問でもあります。
たとえば、餅は餅屋と言う言葉があるように、餅屋が多角化の一環として饅頭を売り出したり、うどん屋を開いて「力うどん」を名物にしようとする・・これは正しい生き方であると思うのですが、餅屋が時流であり、客単価が高くて儲かりそうだからと、フランス料理を始めたらどうなるでしょう・・
もちろん、用意周到にすれば案外出来るかもしれませんが、ただ本業がだめだからと目を変えるためだけにそっちへ行っても、多くの強烈なライバルたちに押しつぶされるだけだと・・僕には思えてならないのです。

今も昔も、何屋かわからない会社は駄目だと良く言われます。
写真業界から逃げたいのはわかりますが、顧客もファンも捨てた会社が厳しい世の中を渡っていけるのか・・はなはだ心配です。

byこう@電車おやじ
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by MYP2004 | 2006-01-21 11:31 | 神戸舞子から世間を見ると