2005年 11月 22日 ( 1 )

「萌える男」 恋愛ニートが告発する日本社会の現状

話題のちくま新書「萌える男」(本田透著)を読みました。いやぁ面白かった。最近読んだ本の中でも出色の面白さでした。何より感心したのは、今の日本社会の在り方に対するユニークな批判になっていることです。これは優れた社会批評です。これぞ「思想」というべきでは。

著者の主張はこうです。「萌えとは、市場原理に支配されてゲーム化した恋愛→恋愛資本主義の忌避である」。そして、「眼前の現実だけが全てだとして、その中で生きる事を強要する一元的世界観に抵抗する、新しい社会運動なのである」。いやぁ、そういう展開になるとは思いませんでした。

著者によると、バブルの80年代に、恋愛は市場経済原理に取り込まれてゲームとなり、純愛と性的関係は分離。風俗がお手軽なものとなりました。それまで男性の論理で行なわれていた性の商品化は、その気になれば女性の側から、お小遣い稼ぎレベルでできるものになったのです。

1969年を境に崩壊していった学生運動(70年安保闘争→全共闘運動)は、吉本隆明(ばななの父親)の言う「共同幻想」を崩壊させ、その後に「神田川」のような純愛ブームが訪れます。「共同幻想」に夢を持てなくなって、「対幻想」にすがりついたわけですよ。その「対幻想」を壊したのが恋愛のゲーム化、つまり恋愛資本主義です。

そこでは、性的関係にたどりつくための手練手管がもてはやされ、男はナンパに励みました。女性の中には、みずからの商品価値を最大限に利用する人も現れたのです。ちなみに私は、今や普通になった肌見せファッションは、この頃に始まったと思っています。

また、女子高校生の驚くべきミニスカート仕様のルーツもこのあたり。あれは、女子高生が高い性的価値を持っていることを、みずから自覚して取り込んだものであり、それが無意識レベルにまで浸透して定着したものです。

このような恋愛マーケットでいい思いができたのは、いわゆる「三高」男です。現実には残酷なほどの二極化が進んでいきました。そうした恋愛ゲームに加わることを最初から拒否した「恋愛ニート」。それが萌える男たちだったわけです。

著者は、萌える男がモテないオタクとして差別されているのはおかしいと主張、「萌えない男」の悪しき典型として、強姦サークル「スーパーフリー」の主宰者・和田真一郎を挙げています。想像力を欠いた精力が強いだけの男。このあたりの論の展開は非常に面白いです。

しかし、出色なのは日本社会の現状を批判した最後のところです。この世界はただ一つの現実のみで構成されており、観念の世界は全て妄想であり虚妄に過ぎないという一元論。この思考に陥ると、観念(二次元)で暖めたアイディアを現実(三次元)にフィードバックするという循環が止まってしまう。つまり「思考停止」状態になる。そして思考停止したシステムは、現システムを維持するためだけに動き続けることになるのである・・・。なるほどねぇ。

とにかく読んでみてください。目から鱗が落ちること請け合いです。「電車男」批判もあります。全く違う見方や「自己弁護だ」という批判も当然あるでしょうが、私はこのユニークなアプローチと社会性を評価します。少なくとも、見下して笑っている自称・モテ男より共感できます。 by G2
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by MYP2004 | 2005-11-22 22:25 | リビングから見た社会