2005年 10月 25日 ( 1 )

「筑紫哲也のNEWS23」と「報道ステーション」に見る、テレビ報道の危機

私は最近、テレビのニュースが見られなくなってしまいました。少し前までは、「筑紫哲也のNEWS23」か「報道ステーション」は必ず見ていたのですが。

先に見なくなったのは「NEWS23」の方です。何よりもまず、ゲストにも筑紫哲也のコメントにも、「新鮮さがない」と感じるようになったんですよ。そのうち、「新鮮さがないのではなく、発想が硬直しているのではないか」と思うようになりました。この事実を直視するのはちょっと辛かった。

筑紫哲也はスターです。私が大学生の頃、彼は40代の現役で、ジャーナリストを目指す大学生の憧れでした。テレビのキャスターに転じてからも、その鋭い切り口で社会を見方を示してくれる、頼りになる存在でした。それがここ数年、少し古く感じられるようになってきて・・・。年齢もあると思いますが、問題は恐らくイデオロギー性です。視点はいいのに惜しいなァ。

それで、「報道ステーション」の方をよく観るようになりました。私は「ニュースステーション」の頃から、「社会と生活とをつなぐ」というこの番組のスタンスを支持してきました。後継者が古舘伊知郎というのも、これ以上はない人選だったと思うし。

それが最近は、観ていて違和感があるのです。いつ頃からこうなったか考えてみたのですが、恐らく解散を受けての衆議院選挙のあたりから。古舘のコメントが両論併記的になったというか、私にとって聞くに堪えないものになってきた。より正確に言えば、何かに気を遣っているような言い方になってきたように思えるのです。

生放送で体制批判的なことが言いにくい、何か大きな力が働くようになったのだと思います。9.11同時多発テロ後のアメリカで起きたメディアへの圧力が、いよいよ日本でもあらがえない力になってきたという実感があります。古舘はいつまで踏みとどまれるでしょうか。

一方で、筑紫哲也のような大御所が力を失ってきている。彼が引退したら、報道のTBSの看板を誰が引き継ぐのか。テレビ報道は今や、危機に瀕しています。もともとテレビは規制がかけやすいメディアです。また、政治的プロパガンダの道具にもされやすいし、小数意見が反映されません。

こうなると、色々あってもやはり、ネットジャーナリズムを育てていくしかありませんね。ネットの世界はテレビより自由で、関わり方が能動的ですから。それに何より、イデオロギーではなく個人を拠り所とする批判が成り立つんですよね。今の時代はそれが大事です。同じ理由から、IT企業がテレビとの連携を求めることには少し懸念があります。    by G2
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by MYP2004 | 2005-10-25 19:16 | リビングから見た社会