事故のあった海岸に・・

2001年7月21日、明石市の花火大会見物でごった返すJR朝霧駅と大蔵海岸を結ぶ歩道橋で最悪の将棋倒し事件が起こりました。
この事件についてはまだ記憶に新しく、覚えておられる方もたくさんあるだろうと思うのです。
亡くなった方は子供さんやお年寄りの方が中心で11人、負傷者は185人と言う大事故でした。
実は、このときに群衆の中には僕の親族も家族3人でいて、彼らも、命の危険を感じたそうです。
大蔵海岸はJR朝霧駅南側一帯の、ごく普通のテトラポットや岸壁で作られていた海岸を明石海峡大橋完成に合わせ、新たに造成した人工海岸でした。
明石市としてはこの地で巨大な花火大会を実施し、もって市の威容を誇るべしとの思考だったのでしょうか・・市民が安心して楽しむイベントと言うにはあまりにもお粗末な警備体制や、観客の流れを的確に予想し、自然に多くの観客を安全に流せるような事前の検討が全くでたらめであったことが分かり、警備会社、県警、市の三者が被害者や遺族から提訴されていました。

さらに大蔵海岸では同じ年の12月30日に東京から里帰りしていた方の五歳の娘さんが砂浜の陥没に引きずり込まれて5ヵ月後に亡くなられました。

大事故を引き続いて二度も起こした海岸は、その後閉鎖され、長く再工事を行なってきました。
明石海峡大橋の開通を契機に一気に町おこしへ持っていく筈だった行政の甘い計画は、多くの市民を犠牲にする結果となり、海岸一体はしばらくは開発工事もストップし、都会の中で人の立ち入らない空間となってしまいました。
明石市の市長は辞職し、市は市民との接点を今一度根本から見つめ治す作業の途中にあります。

人の気配がなくなり、渚があるということになると、そこは野鳥の住処と化します。
それも、珍鳥コアジサシが大挙してそこにやってきたのですから、驚きです。
海岸の再工事は終了し、いつでも海水浴場として使えるようになった今年に、これは皮肉か、それとも天からの声か・・とりあえず、明石市はコアジサシが巣立つまでは海岸の開放をしないことを決定・・
今も海岸は見慣れぬ渡り鳥たちの楽園となっています。
8月には彼らも南半球へ帰るだろうと言うことですが、さてさて、そんなに人間の思惑通りに行くものでしょうか?

さて、歩道橋事故の遺族が起こした訴えについて、裁判所はきわめて妥当な判決を申し渡しています。
警備会社、県警、市当局も控訴はしないと断言・・判決は確定される見込みです。
渡り鳥たちは、これで一気に解放へ向かおうとする行政当局の気持ちを知っているのか、のんびりと過ごしているようです。
この小さな鳥こそ、二度の事故で亡くなった小さな子供たちからのメッセージを受け取った使者なのかもしれない・・
いましばらくは、ここはそうっとしてあげようね・・
そんな声が聞こえそうな気がするのですが・・
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by MYP2004 | 2005-07-01 20:02 | 神戸舞子から世間を見ると
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