戦をしてはならない時期に

台風14号は舞子付近に関しては大きな被害もなく、とりあえずほっと一息という感じですが、九州や山陰・山陽地方の方々には大変だっただろうと思います。
心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い生活の復旧を祈って止みません。
昨日も書きましたが、台風と国政選挙が重なったことは過去に例が無いそうです。
台風の通り道とも言える日本で、重ならなかったと・・これは本当に驚きですが、これまでは基本的に台風シーズンを避けていたということもあるようです。

戦国時代、梅雨の大雨の時期、戦をしてはならない時期に無理やり京へ上る戦を始めたのは今川義元でした。
彼には絶対に勝って京にまでいける自信はあったのです。
今川家といえば、当時、足利将軍に次ぐくらいの家柄ですし、豊かな駿河、遠江、三河を傘下におさめ、金山を保有する大大名でした。
ところが、駿河を出て最初の敵である織田信長の奇襲戦法に、桶狭間の戦いで敗れ去りました。
織田信長は降りしきる雨を味方につけ、奇襲が悟られないようにすることに成功し、一気に今川義元の本陣をつきます。
当時の戦争は大将を討ち取られれば、そのまま負け戦になることが多く、結果として今川軍は大将と幕僚達を失い、敗走することになるわけです。

してはならない時期に、してはならない戦をする・・今の小泉・神崎政権と似ているような気もしますが、残念ながら織田信長に匹敵するほど気概の入った敵はいないような気がしてなりません。
こうなると、戦を仕掛けたものの勝ちということになる訳で、どうも結果はこの国の将来にとって良い方に向かうようには見えません。
戦国時代の織田信長が、もし、今川義元に敗れていたら・・
日本の歴史は、大きく変わっていたかもしれません・・
信長個人への評価は様々ですが、過去の価値観を覆し、新たな価値観を創設したことの意義は大きかったと思うのです。

ところで、小泉首相は自らを信長に例えていますが・・なるほど、宗教を叩いた挙句に手なずけ、自らの飼い犬にするあたりは似ているかもしれませんが、少なくとも、信長は外国に自国を売るようなことは全く考えていなかったのですから、何をかいわんや・・です。。
信長が行なったのは旧来の権威の否定であり、小泉首相がしていることは旧来の権威の維持である事は明白です。
それとも、信長がやったように大量の民衆を虐殺するようなことを彼もしたいからでしょうか?

僕の小説サイト「STORY」最新作は叡山攻撃前夜の信長と秀吉、蜂須賀小六を書いてみました。

STORYはこちらです。

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by MYP2004 | 2005-09-07 09:50 | 神戸舞子から世間を見ると
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