うち捨てられた論文・・鉄道事故裏話

e0010246_18362567.jpg

筆者注:
少し専門的な話ですが、なるべく言葉を平易にして問題の本質を見ていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

尼崎での電車脱線事故について、これまでの報道から見えてこない部分・・
例えば、クルマの事故が起きたなら、クルマがなぜ、そう言う動きをするか・・そう言うことを解明し、それがクルマの製造、設計技術にフィードバックされ、ブレーキや駆動方法、サスペンションやシャーシ、全体のバランス、といった部分に改善がなされているものです。
ところが、鉄道という大量の人命をあずかる乗り物において、非常に優れた論文が発表され、その論文の優秀性は認められても、不思議なことにそれがフィードバックされない現象も起きています。
今回、尼崎脱線事故でも、立証されてしまった、ある論文を考えてみたいと思うのです。

1998年、7月・・鉄道業界専門誌、鉄道ピクトリアルの増刊号で、京浜急行電鉄顧問の丸山氏が寄せた論文・・「京浜急行の先頭電動車編成について」によると以下の記述があります。
(1) 狭軌で先頭Tc車の場合は障害物と衝突すると例外なく複数の車両が脱線転覆する.先頭車は進行方向と直角に向きが変わる.乗客に死傷者のでる場合が多い.
(2) 狭軌で先頭Mc車の場合は,先頭車と2両目は脱線するが転覆しない場合もある.先頭車は進行方向と直角に向きを変える場合が多い.
(3) 標準軌間で先頭Tc車の場合は,先頭Tc車は脱線して進行方向と直角に向きを変える.転覆する場合としない場合がある.2両目は先頭車が支障物となって,脱線転覆する場合が多い.
(4) 標準軌間で先頭Mc車の場合は,支障物と衝突して先頭車は脱線しても,進行方向からほとんど向きを変えない.
(Mc・・制御電動車・・モーターと運転台のある車両  Tc・・制御付随車・・モーターはなく、運転台だけがある車両、狭軌・・線路の幅[軌間]が1067ミリでJRや東武、東急、名鉄、南海など 標準軌・・線路の幅が1435ミリで京急、京成、阪急、阪神、西鉄など新幹線もこれに相当する)
この論文は非常に重要な問題点を含んでいます。
JRの場合、先頭車両がTc・・つまりモーターを持たない車両であることが多いのです。
先日の尼崎事故で脱線大破した車両もクハ207というモーターのない車両でした。
JRの場合、国鉄時代から先頭車両はモーターを積まないことが多く、これは検査の際の簡便さや、設計の簡易さから採用されている方式です。
昭和38年11月9日、京浜急行生麦駅の近くで国鉄の鶴見事故が発生しました。
この事故は、当時、東海道線と同じ線路を走っていた上り横須賀線電車が、横を走る貨物列車の脱線に巻き込まれ、先頭車両が脱線、大きく方向を変えて、ちょうど反対から走ってきた下り横須賀線電車の4両目付近に激突、この前後の車両を中心に160人の死者を出した大惨事でした。
京浜急行としてはそれ以後、研究の成果から、先頭車両をモーターつきにすることを同社の規則として定め、万が一の事故の際にも、関連する二重事故を引き起こすことのない結果を出しています。
この丸山氏の論文は、ある面で非常に大切なもので、世界中の列車事故を調べ、さらに同社の豊富な経験から引き出したものです。
もしも・・尼崎脱線事故の車両が先頭電動車であったなら、高速でカーブに入っても車体は浮かず、方向は力のかかっている方向に向かい、脱線したとしても、マンションに突っ込むことはなかったかもしれません。
そうでなくても、限界時には不安定な狭軌であったわけです。
脱線しないことが確かに何より大切な安全政策なのかもしれません。
しかし、万が一、脱線という事態・・今回のような速度オーバーでなくても、例えば、踏み切りへの違法侵入、あるいは線路への妨害工作ということも考えられます・・その事態に至ったときに、少なくとも二重事故を防止することで被害の拡大は免れるわけです。
ちなみに、先頭電動車方式にすることによるコストアップはほとんどないそうです。
だのに、何故、優れた安定性を確保できる方式を各鉄道会社は採用できないのか・・

JRを始め、狭軌の鉄道の方が車両のサイズが大きいという日本独特の不思議なアンバランスもあります。
JRなどの車両の幅は2950ミリに達していますが、標準軌の鉄道で最大の車体幅を採用しているのが、京浜急行の2830ミリであるという現実・・(京王線は1372ミリという特殊なサイズの軌間を採用していますが、車体幅は2845ミリで狭軌以外ではこの会社が最も幅広の車体を採用しています)
安定性については、当然、線路の幅が狭く、車体が大きい方が不利になります。
不利な狭軌を採用している鉄道各社こそ、本当はもっと不測の事態に備え、最善の方策をつくすべきなのではないのでしょうか?

優れた論文ながらも、それも安全に直結することを真摯に研究したものであっても、結局は自社の風土やこれまでの慣例からそれを見つめることもない・・
これでは、今後も万が一の時にはどうなるのかとの不安を抱かざるを得ないのですが、それは僕だけでしょうか?
[PR]
by MYP2004 | 2005-06-28 18:37 | 神戸舞子から世間を見ると
<< 総合的学習の時間 サラリーマン、大増税時代 >>