日本の平和運動と左翼

2005年4月13日(水)

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日本の平和運動と左翼

私(G2)には時々、「あなたのような左翼は・・・」というメールが来ます。
その度に「わっ!」と驚きます。

もちろん周囲にそういう人もいますが、
私は個人主義的自由主義者で、いわゆる左翼ではありません。
左翼運動に関わったこともありません。
別に左翼と言われても構わないのですが、正確には違います、ハイ。

マルクスから批判された空想的社会主義には、けっこう親近感があります。
まぁ理想主義者なのかもしれませんね。
それから、アナーキズムがちょっと好きだったりします。
アナーキズムと言うと恐ろしいイメージがあるかもしれませんが、
広い意味ではトルストイも福沢諭吉もアナーキストですから。
それぐらいの意味です。

で、いつも思うのですが、「人権」「民主主義」「平和」などの言葉を口にすると、
すぐ左翼と言われるんですね。
ちょっと反体制的言動をとっても左翼と言われます。

もっとも、これも世代の問題かもしれません。
30代以下になると、左翼という言葉自体になじみがないですから。
この前、アカと言われたのには驚いた。
アカですよ、アカ。わかりますか? 
赤ペン先生の赤ではありませんからね(笑)。
わからない人は、「赤狩り」について調べましょう。

人権や民主主義や平和が、左翼にダイレクトに結びつく。
というか、そういうイメージしか湧かない。
これは、近代日本における社会思想の貧困を示すものではないでしょうか。

個人の良心の礎になるものは様々あり、抵抗の手段も多様です。
ちなみに河上徹太郎は、名著「日本のアウトサイダー」の中で、
近代日本における真のアウトサイダーは宗教的人間だと述べています。

日本の社会運動や平和運動には、個人主義的なイメージがない。
それほど個人が弱かったのかもしれません。
個人的抵抗が成立しないほど、体制が強かったとも言えるでしょう。
その結果、今や四割にのぼる強固な無党派層が形成され、
潜在的護憲派が沈黙している一因になっているという印象があります。

日本の平和運動が多様な個人の緩やかなネットワークに脱皮できるかどうかに、
平和憲法の命運がかかっているように思えます。
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by MYP2004 | 2005-06-23 14:58 | リビングから見た社会
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