「オリバー・ツイスト」「アサルト13」「クラッシュ」・・・善と悪はつながっている

「オリバー・ツイスト」「アサルト13 要塞警察」「クラッシュ」と三本立て続けに映画を観て、善と悪の複雑な関係について、色々と考えさせられました。

「オリバー・ツイスト」は、言わずと知れたチャールズ・ディケンズの名作。ディケンズは、あの「クリスマス・キャロル」の作者です。この話は、今までに何度も映画化されていて、ミュージカルにもなっていますね。

19世紀の階級社会イギリスで、孤児のオリバーが貧困と差別に苦しめられながらも、幸せを手にしていく話です。「何と陳腐な」と思うかもしれませんが、これが驚くほど今日的。ラストシーンでは、あちこちからすすり泣きが漏れるほどでした。

なぜ泣けるかというと、孤児たちを使って荒稼ぎをしていた泥棒であり、悪党のフェイギンが処刑されていく姿に、悪の複雑さと奥行きが感じられるからなのです。フェイギンは悪党ではありますが、孤児たちを養う優しさも持っていました。生まれや育ちが違っていたら、フェイギンはこういう人間になっただろか。

悪に染まるしかなかった運命の過酷さに、私は思いを致さざるを得ませんでした。悪を生み出すものは何なのか、悪そのもののような人間が時に見せる善人の顔と人情を、どう解釈したらいいのか。人生について考えさせられるラストです。

「アサルト13 要塞警察」はリメイク。容疑者4人を護送中の車が吹雪で行く手を阻まれ、近くにあった13分署で一夜を明かす事になります。そこは、かつて判断ミスから部下を死なせたトラウマに苦しむ巡査部長以下、数人がいるだけの小さな分署。そこに謎の武装集団が襲いかかってきます。

武装集団の目的は、容疑者の一人を口封じのために殺すことでした。外部との接触を断たれ、吹雪の中で孤立した13分署。とても対抗できないと悟った巡査部長は、容疑者を一時的に解放して武器を持たせ、共に武装集団と戦うという危険な賭けに出ます。

警察官と容疑者たちの疑心暗鬼、そして対話。内にも外にも敵を抱え、トラウマと戦いながら奮闘する巡査部長の前に、やがて本当の悪人・・・黒幕が姿を現します。派手な銃撃アクションですが、それだけでは終わらない苦い後味が残ります。正義を掲げる組織はなぜ腐敗するのか。正義という大義名分は実に危ういんですね。

「クラッシュ」は、もうすぐ発表されるアカデミー賞6部門にノミネートされている群像劇。「ミリオンダラー・ベイビー」の脚本を書いたポール・ハギスの初監督作品と聞いて、一も二もなく観に行きました。

舞台は、白人と非白人の比率が逆転しつつあるロスアンゼルス。非白人に対する優遇政策で、より複雑になった民族間の摩擦と緊張感は、息苦しいばかり。「強者」と「弱者」が複雑に入り交じり、本音と建前が使い分けられる現実がそこにはあります。

その中で、人種差別主義者の警官が寝ずに父の介護をし、正義感溢れる若い警官がアフリカ系の若者を殺してしまう。何と皮肉なことでしょう。面白い映画は決まって、悪の描き方が優れています。

善と悪は複雑に絡み合い、しかも突き詰めると繋がっている。どちらも絶対ではなくて、関係の中で様々な現れ方をするわけです。そんな現実をかいま見せてくれる映画でした。現実を善悪二元論で見る単純さを思わずにはいられません。 by G2
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by MYP2004 | 2006-03-01 21:58 | リビングから見た社会
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