クリスマス雑感

クリスマスとは、イエス・キリストの降誕を祝う日として一般的に認識されていますが、そのイエス・キリストからの長い歴史を有するはずのカトリック教会での認識はちょっと違うようです。

以下はカトリック中央協議会のホームページhttp://www.cbcj.catholic.jp/から・・

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クリスマスはキリストの誕生、すなわち、神のひとり子キリストの誕生を思い起こす日として古代から祝われてきました。 イエスがいつ生まれたか、聖書には何も書いてありません。 12月25日がイエスの誕生の日とする最古の記録は、4世紀のローマの「殉教者帰天日表」です。


しかし昔は、地方によって1月6日に祝っていました。ちなみにロシア正教会は、今でも1月はじめにキリストの降誕を祝います。

ではなぜ、ヨーロッパのクリスマスは、12月25日に祝われるようになったのでしょうか?
つぎの説が、有力であるといわれています。

昔むかしローマ帝国内では、太陽崇拝が広く行われていました。 ローマ暦では12月25日が冬至で、この日を太陽誕生の祝日として祝っていたそうです。教会はこの祭日を取り入れ、「正義の太陽」であるキリストの誕生の日として祝うようになったそうです。


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単純に考えると、実はイエスの誕生日は1月6日あたりが有力で、12月25日と言うのは、教義的な降誕を意味する日として選ばれているようです。
僕はキリスト教徒ではありませんから、だからどうと言うことではないのですが、「生誕の記念日」よりも「正義の太陽であるキリストの誕生を思い起こす日」を選んで祝うあたり、なかなか考えさせるものがありますね。
さて、1月にしろ、12月にしろ、イエスは冬に生まれたようです。
中東、今のイスラエル・・気温は思ったほど高くはなく、最高で20度、最低で8度あたりと言いますから日本の中では屋久島あたりの気温に近い気がします。
これでは夜は寒く、伝説のとおり、暖房のない馬小屋でイエスが生まれたなら、母マリアにとっては、非常に苦しいお産であったでしょう・・

いまやクリスマスと言えば、キリスト教徒ではない僕たちにとっても、イルミネーションの美しい夜や、豪華なご馳走、子供たちへのプレゼントなどをイメージさせ、すっかり冬の行事として定着した感もありますが、それは反面には企業などの宣伝活動が功を奏した部分も多いと思いのですね。
結果として日本のクリスマスイブには高級ホテルは予約で満員・・レストランもちょっとおしゃれな居酒屋も、クリスマスの夜を楽しむカップルであふれます。
ただ、肝心のローマ法王庁はこう言うクリスマスが派手な商業イベントと化すのには抵抗があるようで・・

新聞報道によると、法王ベネディクト16世は「真の贈り物は『喜び』であって、高価な品物ではありません」と繰り返し商業主義を戒めているそうです。
貧しい旅の夫婦が、ようやく求めた一夜の仮の宿・・
そこで生まれたイエスを思うとき、クリスマスの現状はまさに、イエスの思想の正反対になってしまっているのかもしれませんね。
ただ、聖母マリアに思いを馳せるとき(教義的な部分は別にして)、寒い冬の時期にクリスマス・イルミネーションが散りばめられた町の中で、温かい部屋で家族の絆を見つめなおすと言うのは、なかなか良い習慣だと思うのです。

この日ばかりは、いつも酔っ払って帰るお父さんも、寝息を立てる子供の顔を見ながら、そっとプレゼントを枕元に置くサンタ・クロースに変身するわけで、その瞬間に家族と言う不思議な絆を思い返すことが出来るわけですね。
さて、そのサンタクロースの原形といわれる「セント・ニクラウス」は、3世紀頃の今のトルコの司教だったと言われています。
彼は慈悲深い人で、いつも貧しい人たちを、とくに大切に遇していたそうです。
あるとき、彼は貧しい3人の娘が住む家の暖炉に、金貨を投げ込み、娘たちに幸せな結婚をプレゼントした・・これが今のサンタクロースによるクリスマスプレゼントの元になっているようです。

ミニスカートのサンタクロースお姉さんが、商業的な笑顔で微笑んでくれるよりずっと、夢のあるお話ですよね。

byこう@電車おやじ
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by MYP2004 | 2005-12-24 19:13 | 神戸舞子から世間を見ると
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