危うい橋の上

僕が個人で運営しているホームページですが、これはプロバイダーのサービスの力を借りています。
で、そのプロバイダーのサービスの大きな変更が先方から連絡され、今後は新ソフトによるホームページの構築と更新を求められるようになりました。
ところが、この新ソフトというのがうまく動いてくれず、いくらプロバイダーと連絡を取り合いながら進めても、上手くいかなかったのです。
ところが、数日前、それまで何度やっても出来なかった新ソフトでのホームページ立ち上げ作業が、突然、出来るようになりました。
そこで、とりあえず、新サイト上に一部のページを移設し、公開しました。
一部のコンテンツは、新ソフトに同様のページを作るプログラムがないことから、移設を断念し、そのまま、旧サイト・・として公開を続けることにしました。

個人のホームページですから、この程度のことが出来ればそれで良いのかもしれませんが、プロバイダーの意向一つ、ネット運営会社の思惑一つで大きな変化を求められることもありうるという・・よく考えれば危ない橋の上に、ネット文化と言うものは存在しているわけですね。
インターネット関連企業といえば外資系が多く、そう言った企業の殆どは出先の国内では、その国の政治体制を容認して、それによって認可を得て成り立ってもいるわけで、中国が国家を誹謗するブログを締め出しにかかることをヤフーは承認した上で、国家に協力し、そう言った記事を見つけると報告すると言うことまでしています。
韓国では国内世論に推され、グーグルが日本海の名称を「東海」に変えてしまったということも報じられています。
こうして考えると、ネットが民衆運動の新しい形であると言うのには、まだ無理があるような気がしてしかたがありません。
ネットは、ある面では情報統制が可能で、国家や企業に有益な情報だけを流すようにすることも可能なわけです。
ネット上で自然発生的に立ち上がりつつある社会運動は、いずれ、ネットを飛び越えて、リアルの世界での連携に繋がらないと、その存続すら危うくなって来ることも十分考えられます。

また、ネットはそこに参加する人の悪意善意を峻別することが出来ません。
文字だけのやりとりであり、それはあくまでもバーチャルな存在なわけです。
運動というものはバーチャルでは成り立たず、リアルでの成果が必要になってきます。
ネット上での運動の限界はまさにそこにあるわけで、世論の形成と言ったことを目指す我がMYPもどこかで現実世界へ出なければ運動そのものが成り立たないといった、ジレンマにも陥るわけです。

今、多くの社会運動はヤフーやインフォシークのMLを利用して行なわれていますが、これら企業が突然、情報操作を始めたら・・そう考えると怖くなってきますね。
現実にブログなどでは特定の団体を批判するものは閉鎖するように促されるという現実もあります。
ネット文化は案外、自由闊達なものではなく、統制の仕方によっては非常に危なっかしい橋の上に成り立っているような・・そんな気がするわけですが・・

BYこう@電車おやじ
[PR]
by MYP2004 | 2005-12-09 16:04 | 神戸舞子から世間を見ると
<< 「塾講師、生徒を刺殺」事件の複... 子どもの安全を守るには >>